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カテゴリ:想像の小箱(「十二」?)
「絶望の果てに(その3)」
楽俊は春陽に巧が危機的状況にあるので十分注意するように申し付けて巧をあとにした。研修の旅の途中だったのだ。もしも自分がもう少し自由になるようなら傲霜に留まったかもしれない。とはいえ、留まってもできることもないのだが。楽俊は幾分自嘲的に高王との面会を思い返していた。あまりにもありえそうにもないことがおきていたのだ。高王の言うように誰にも言えることではない。ただ、高王は既に己の治世について諦めているとしか言いようがなかった。実際、巧を発って次に向かった雁では玄英宮を訪ね、延王や延麒に『巧は長くない』旨だけを伝えてきた。延王も延麒も楽俊に詳しく問いただそうとしなかったので助かった。楽俊に問わせないような雰囲気が纏わり着いていたのかもしれない。そのような様子を彩香は何もいわずに横でじっと見ていた。楽俊のほうは彩香を連れていることすら失念していたようだ。半ばボンヤリとしながら楽俊たちは堯天へと帰ってきたのだった。楽俊は帰着の挨拶もそこそこに蘭邸の自室に篭ってしまった。今蘭邸の離れには光月と暁華の夫婦と玖嗄と緋媛の夫婦が入っており、単身者は楽俊と彩香だけだった。もと遣士で金波宮に戻ってきた面々は当初こそは蘭邸にいたのだが、なぜかこそこそと官舎の方に移っていった。庸賢などは最初から蘭邸には入らずに官舎に入ってしまった。長く外にいたものには馴染めないものがあるのだろうか?冢宰として戻ってきた夕暉と鈴の夫婦は冢宰府の隣の公邸に入るよう促され、渋々入ったようなのだが。とは言え、夜ともなるとどこからともなく金波宮の首脳が集まってくるのは相変わらずであった。給仕をするのは昔とった杵柄なのか冢宰夫人となった鈴であり、その手伝いとして鈴の孫に当る綾香が使いまわされていた。 「それにしてももう十日か?あれは大丈夫なのか?」 「彩香に様子を見にやりましたら、日中はボンヤリとしているだけであり、夜はただ寝ているだけのようです。食事も碌にとらないようなので、病気も懸念されましたが、どうやらそうでもないようで、気鬱ではないかと…」 「それは彩香の見立てか?」 「はい。彩香が言うには翠篁宮で高王君に拝謁した後からどうも様子がおかしくなったらしいのです」 「ふむ。直接聞いてみるか。彩香は?」 「おい、彩香!」 「はい、お父様、何か?」 「楽俊さんのことでご下問だ。どんな様子だ?」 「はい、先ほど夕餉をお知らせに参りましたら、一言『今日は要らない』とだけ。顔色はさほど悪くはありませんでした。熱など体調がすぐれないというわけでもないようです。ただ、少し遠くを見てらっしゃるようでした」 「遠くか… 巧かな?」 「おそらくは」 「翠篁宮で高王に会ってからおかしくなったと聞いたが、どんな感じだったのだ?」 「はい、高王君に拝謁した時、楽俊さんが高王君がどなたかに印象が似てると仰って、確か英清君と仰ったら、急に高王君が楽俊さんと二人だけで話しをするからと、人払いをなさりました。お話はそう長くなかったと思いますが、その途中で高王君が気を失われたのです。高王君は翌日には回復なさったそうですが、楽俊さんは真っ青な顔をしていました。まるでこの世の終わりでも覗いてきたような感じでした」 「そのことについて高王のほうは何か言っているのか?」 「いえ、何も覚えていらっしゃらない様子だそうです。楽俊さんと二人きりになったこともです」 「何も憶えていないのか?一体何があったのだ?」 「楽俊さんは一切何も仰いません。ただ、高王はすべてを諦めてしまったようだ、巧は斃れるだろう、とだけ」 「巧が斃れるだと?そんな大事なことをなぜ私に報告しないのだ?」 「さぁ… イロイロお考えなのだとは思いますが、どうも心ここにあらずのご様子で」 「それで巧を思って悩んでいると考えるのだな?」 「はい。それ以外の要素は今のところはありませんので」 「確かにそうだな。高王に会って巧が斃れるという情報を得たら確かに心穏やかではないだろうな。巧は楽俊の故国だし」 「しかし、こんなに思い悩んでいる楽俊さんを見るのは初めてです。余程のことなんですかね?」 「光月、それは私も同じだ。これほどまでに悩むことがあるとは… まぁ仕方がない。出てくるのを待つか」 景王が待つといったので、皆もそれにしたがうことになった。が、景王が素直に待つはずなどなかった。蘭邸を辞し、正寝に戻った景王は遁甲している使令に命じる。 「班渠、驃騎、楽俊をここに連れて来い」 (…ここへですか?この時間に?) 「命に疑問で応えるように景麒に言われたか?」 (…申し訳ございません) 「よい、すぐに連れてまいれ」 (…御意) 気鬱で自室に篭っていた楽俊も班渠と驃騎という使令に威嚇されては、大人しく連行されるしかなかった。連れてこられた楽俊の表情は複雑なものだった。景王は楽俊に椅子を勧める。 「憮然としていないで座ったらどうだ」 「…はい」 「文句をいいたそうだが、こちらの方がいくらでもあるからな。こんな時間に房室に二人きりで慎みがないとかは却下だ。いくら王とは言え一人きりになりたいのを妨げるのは赦せないというのも却下だ。なぜ却下なのかはわかるな」 「…はい」 「言いたくないことは言わないでも良い。あるいは言えないで困っているようなものならば聞かないでおこう。だが、私も一国の王だ。王として知っておかねばならぬこともある。これは間違っていないな?」 「…はい」 「では、巧は危ないのだな」 「…はい」 「どうしてそう思う?その根拠は?」 「…高王は既に諦めています。年内には高台輔が失道し、やがて高王も身罷るでしょう」 「なぜ諦める?王ならば民のために最後の最後まで諦めることは赦されないはずだ。なのに…」 「…時を失してしまったからでしょう。奏の荒民が増えるのを防ぐにはもう遅すぎる、とお考えのようでした」 「奏戸をもとに強制的に奏に追い返すなり、雁に移送するなりできるのではないか?」 「…それでは時間がかかりすぎます。それに荒民の問題だけでなく、巧の民同士のいがみ合いもあります。これらを一気に解決するにはもはや一つしか手がないと」 「…わざと斃れると言うのか?」 「…わざとではありません。それならば禅譲すれば良いだけのこと。それすらも出来ぬだろうと」 「…どういうことだ」 「…いえません」 「なぜだ?」 「…いえません」 「なぜいえない?私がそんなに信用できないというのか?」 「…そうではありません。高王がそのようにお望みだからです。決して口外するなと」 「隣国の王として国が斃れるのを座して見よと言うのか?」 「…自国が斃れるのを座して見なくてはならないのよりはマシだと思いますが」 「楽俊!」 「…口が過ぎました。申し訳ありません」 「なるほど… 高王も座して見るしかないのだな。それは辛いものがあるな。それを知っているものも辛いだろう」 「……」 「高王はすこぶる統治能力に秀でた人だと思っていたのにおかしなことだと思っていたのだが、なるほど、そうか。自分で手が下せない状況にもしあるのなら忸怩たるものがあるな。傍の者も手が出せないような…」 「陽子!」 「…わかった。これ以上は口にするなというのだな」 「…はい」 「お前が私の名を呼ぶなど余程のことだからな。つまりこれ以上踏み込むと私も危ないわけか… では、私がやっても構わないのは巧が斃れた時への備えくらいか?年内にも高麟が失道するのなら荒民対策は今から始めないと拙かろう。節約に努め、義倉を充実させないとな。雁には伝えてあるのだな?」 「…はい。玄英宮によって延王君と延台輔にお話だけは」 「理由は問われなかったか?」 「…はい」 「やはり出来ている人は違うな。私などはついつい問い詰めてしまう。至らぬ王で申し訳ない」 「…いえ」 「で、高王には後事を託されたのか?」 「後事?…あ!」 「どうした?」 「いえ、急に思い出したことがあっただけです。何でもありません」 「なんでもないと言う感じではないように見えるが?」 「意地悪を言わないで下さい。高王には高台輔が身罷ったならすぐに翠篁宮に来て欲しいと」 「なるほど。となると高麟が失道したら誰か連絡要員として貼り付ける必要があるのかな?」 「その辺りのことは光月と相談します」 「わかった、よきに計らえ。何かあるのなら、私に言えることなら必ず言いに来い。でないとまた呼びにやるぞ」 「わかりました。できれば夜でなく昼にしてください」 「そうだ、もう夜も更けた。泊まっていくか?」 「歩いて帰れますので、ご容赦を」 「ちっ…つれない奴だ」 景王の戯言を受け流し、楽俊は景王の房室から辞し、蘭邸へと戻った。翌朝、楽俊は光月に高麟が失道した場合、誰かを翠篁宮に張り付かせるように依頼した。既に景王から話が来ていたようで、光月は快諾し、彩香を当てることにした。まだ研修期間中でもあり、融通が利くし、能力も遜色ない上、当初からの関わりもあるので、機密の漏洩もないだろう。彩香は修部に預けられているが、何せ光月の娘であり、修司は光月の妻の暁華だから無理もきくというものだ。景王は雁や奏と連携して荒民対策に万全を期すように冢宰に命じた。高岫付近の警備の強化や義倉の充実、荒民受入れ用の給田や家の用意、そしてその前提となる流入して来る荒民の数の予測など、やることはいくらでもあった。しかし、表向きは一切巧関係であることは伏せられていた。雁や奏の遣士への連絡も同様である。そして秋が終わろうとする頃、高麟失道の報が金波宮に届いたのだった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年12月03日 12時30分59秒
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