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カテゴリ:想像の小箱(「十二」?)
「絶望の果てに(その4)」
大晦日の午後ともなると漢どもはやることがなくなる。府第や官舎の大掃除も新年の飾りつけも仕事納めも終わっている。あとやることといえば新年のご馳走を作ることくらいだが、これは女官たちの仕事であり、漢はさながら粗大ゴミ扱いである。身の置き場のない漢たちは三々五々蘭邸に集まって酒を酌み交わしたりしている。漢に混じった紅一点はぶつぶつ言っている。 「私だって一応は女だぞ。料理くらいはできるのに邪魔者扱いとは失礼だなぁ」 「当たり前のことじゃないんですか?」 「…楽俊、何か言ったか?」 「いえ、あなたに作っていただいた料理は畏れ多くて誰も箸をつけない惧れがあるのではないかと…」 「ほぉ… なかなか言うではないか」 「いえね、水禺刀で調理したという噂をですね… ねぇ、太師?」 「そうそう、赤子が里家においでのときにそういうことがありましたな」 「あ、あれは桂桂がやってくれというからやっただけだ。それも一度だけだぞ」 「はい、確かに一度だけですが、あの晩は胃薬の世話になりました」 「…太師。それは私の料理が酷いと言う意味か?」 「いえいえ、美味しゅうございましたよ。しかし『作り過ぎた』と申されてゆうに三人前の量を出されましてな。ヘタに残すと『私の料理はそんなに口にあわぬのか?』とこの皺首を刎ねられそうな目で見られまして… 死ぬ気で夕餉を戴いたのはその時くらいでしょうかな」 「…桂桂が喜ぶからつい調子に乗ってきざみ過ぎたのを無駄にしたくなかったのだ。けど、そんな眼をしていたか?」 「はい。それ以降は桂桂に赤子と一緒に厨房に入らぬよう厳しく申し付けました」 「…それはすまなかった」 「でも、大人数の料理なら丁度良いかもしれませぬな。気晴らしにやられるのを止める気はございませんぞ」 「そうかそうか。では今度鈴に手伝ってもらって…」 「でも、水禺刀は使いませんように」 「…わかっている」 「来年は赤楽百四十年。そういう催しもよろしいですな」 「だが、巧がな… 楽俊、春陽から何か言ってきているか?」 「…かなり危ないとか。高王君は仁重殿に篭りきりだそうです」 「となると新年早々忙しくなるかもしれないな」 景王がホッと息を吐いたとき、裏口のほうから駆けて来る足音がした。皆が一様に戸口のほうを注視した。そこから飛び込んできたのははたして彩香だった。息を切らし、花庁をざっと見回して、景王の姿を見つけるや駆け寄り、跪く。 「ご報告申し上げます。昨夜、高台輔登霞なさりました」 「ご苦労」 景王の応えを聞くや、彩香はそのまま床に倒れそうになる。それを光月が支える。楽俊はスッと席を立つ。 「では、行って参ります」 「うむ。高王君によしなに」 「はい」 楽俊は一礼するとそのまま花庁を出て行く。簡単な荷物は自室に纏めてあるのでそれを持って蘭邸の裏の厩へと急ぐ。愛騎のみけに乗り、楽俊は傲霜、翠篁宮へと急いだ。 * * * * その前夜、高王・清流は翠篁宮の仁重殿で、臨終の床にある高麟の枕元にいて、高麟の手を握っていた。高麟は面窶れし、顔にもどす黒いしみが浮いていたので、清流に『見ないで下さい』と言っていたりもしたが、今ではそのことすら気にすることもできなかった。目も虚ろで、息も荒く、今にも消え入りそうな風情をしている。清流は高麟に呟くように話しかけた。もはや言葉を理解することすら無理かもしれないが。 「高麟、すまなかったな。蓬山に行き、禅譲すればお前だけは救えたのだが、とうとう行けなかった」 「…しゅ、主上」 「お前が病に倒れてから三月。毎日、今日こそはと思いながらも結局は動けずにいる。身体が言うことを聞かぬのだ。お前が臨終になって初めて少しずつ自分の思うように動き始めている。もはや遅いというのにな。手遅れになってしまったから自由にさせてくれるのかも知れぬな」 「…そ、それはどういう?」 「私もお前も操られていたということだろう?私にはいろいろあってね、本当ならば巧の王様になどなれない漢なのだ。なのに、お前は私を選んでしまった。おそらくはどこかで違うと感じていたのではないか?時折眉を顰めていただろう?そう、隣の国のあの漢が来るとなんともいえぬ顔をしていたではないか。初めてのときなど私と見比べていただろう?」 「…お気づきでしたか… 私にもわからないのです。私の主上はあなたしかいないと思うのですが、何処か… あの方とお会いした時にその違和感が形になって現れたような気がいたしました。どうしてこの人はここにいるのだろうと」 「そう、彼は巧の生まれだから私よりも巧の王様になる資格を持っている。私は身体は巧の民でも心は違う。そんな変な生き物なのだ。なのに誰もが私が王だと言う。もっと相応しいものがいるのだと何度叫びたかったことか。それすらも口にできなかった。お前といるとなぜかそうなってしまう。こないだまで気がついていなかったけどね」 「…私が主上の邪魔を?」 「お前がそうしたいと思ってやっていたことではないだろう。知らぬうちにそういうことをやらされていたのだ。私がこうして王を名乗るようにね。その呪縛から漸くお前は解放されようとしている。それがお前との別れだとは…」 「…主上。知らぬこととは言え、申し訳ありませんでした。私は、私は…」 「もういい、すべては終わってしまったことだ。気にすることはない。後始末は私がやっておく。先に行って待っていてくれ。すぐに追いかけていくからな」 「…主上…」 高麟は高王に握られた手を握り返そうとする。弱弱しく、それでも懸命に。涙に濡れた瞳でじっと高王を見上げている。清流はもう一方の手で高麟の頭をなでてやり、微笑みながら囁きかけた。 「さぁ、ゆっくりお休み」 「…はい」 高麟は静かに瞼を閉じた。やがて微かに上下していた胸も動かなくなる。いつの間にか女怪が高麟を後から抱きかかえていた。表情ない俯き加減の女怪がちらと清流に視線を投げかけ、小さく首を振る。清流は女怪に頷き、握っていた手を離した。清流は枕元から立ち上がると房室からでて、しっかりと扉を閉めた。外に控えていた女官たちに仁重殿から出るように促す。嗚咽して出て行く女官たちの背を見つめながら、清流は今出てきた房室の中から聞こえてくる音にじっと耐えていた。肉を食み、骨を砕き、咀嚼するその音は清流の胸をえぐっていた。唇を噛み締め、握った拳を微かに震わせながら清流は立っていた。それが高麟への最後の務めだった。 * * * * 楽俊が翠篁宮に着いたのは元日の早朝だった。弔旗が掲げられ、誰もが喪章をつけて俯き、ひそとも声を立てていない。楽俊は待っていた春陽とともに高王の執務室に駆け込んだ。清流は執務机で筆を走らせ、御璽を押している。頬はすっかりそげ、眼だけがかろうじて正気を保っているような感じである。時折咳き込むと口元に赤いものが見える。楽俊と春陽は執務室の入り口から一歩も中に入れなくなってしまった。やがて、作業が終わったのか、清流が一つ息を吐く。そして入り口で立ち尽くしている楽俊たちに声をかける。 「楽俊君、わざわざ来てくれてありがとう。これから最後の朝議に行う。悪いがその書簡をもってついてきてくれるかな?」 「…私が朝議に、ですか?」 「君がいないとちょっと困ったことになるのでね。間に合ってよかったよ。春陽さんも楽俊君を手伝ってくれるかな?」 「は、はい」 「では行こうか」 執務机から立ち上がった清流は軽くよろける。駆け寄った楽俊たちに大丈夫だと手で制す。そして今まで書いていた書簡を指差し、これを持ってついて来るように重ねて指示する。このような状態で断れるわけもない。楽俊と春陽は書簡を持ってついていった。朝議の場は文武百官で埋め尽くされていた。喪章をつけた彼らは俯きながらひそひそと今後のことについて話していた。そこに高王が二人の慶の官を引き連れて入ってきた。平伏した官に高王は頭を上げるように声をかける。そして… 「皆も知っての通り、一昨日台輔が登霞した。したがって、私も長くない。が、まだ御璽には印影が残っている。そこで、次の王が決まるまでのことについて言い残しておくことを書き留めておいた」 清流が右手を楽俊のほうに伸ばした。楽俊はそこに書簡の一つを載せる。 「まず、奏の荒民の処遇である。私が斃れればやがて妖魔が跋扈し、天候も荒れて、住み難い土地になるだろう。その旨を荒民たちに通知し、奏に戻るか、雁に行くかするように勧告しろ。ここにいてもいいことはないとな」 清流は読み終わったものを左後ろに控える官に渡し、次の書簡を受け取る。 「次は半獣に関してだ。これまで半獣や半獣と同じ廬に住むものの税負担を軽くしていたが、これは今後十年は続ける。そして十年後の今日をもって、これを廃止する。その他、私が定めた法規はすべて今後十年のみ有効とし、その後は廃止する」 この決定に官がどよめく。清流はそれを制しながら、最後の書簡を受け取る。 「最後に、その十年後の今日、ここにいる張清をこの国の太師に任ずる。ただし、その日までに慶の官を辞しているのが条件だ」 「ええ??」 これには官ばかりでなく、楽俊も驚きの声を上げた。清流は楽俊を見上げにやりと笑った。 「楽俊君。ここは君の国だ。あとは頼んだよ」 「…高王君」 清流は立ち上がり楽俊に握手を求めようと右手を差し出した。楽俊がぎこちなく右手をだし、触れようとしたとき、清流の身体がガクンと沈んだ。楽俊は慌てて抱きとめるが、その時、清流は口から血を吐いた。そしてぐったりと動かなくなる。 「高王君!しっかりしてください」 楽俊の声に清流は薄く眼を開けたように見えたが、駆け寄った侍従や黄医たちには見えなかったようだ。清流は静かに横たえられた。まだ息はあるようだ。清流は正寝に運ばれていった。朝議の場は冢宰が収拾させた。楽俊は冢宰にはその日まで考えさせて欲しいとだけ伝えた。清流はそれから一月後、意識を取り戻すことなく崩御した。翠篁宮の白雉が落ち、各国の鳳が『高王崩御』と啼いた。その日楽俊は一言も口を聞かなかった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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