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2005年12月23日
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「遣士たちの憂鬱(その1)」

慶の暦では赤楽百八十年。巧の暦では眞緯三十一年の春分の数日前、黄海を囲む金剛山に開いた四門に蓬山への立入り禁止の触れが貼り出された。三十年余り前と同じ貼り紙。だが見つめる人の気持ちは変わっているだろう。恭の補佐の博耀は令乾門の前で気を引き締めていた。あの時ちょっと強い風が吹いたくらいにしか思わずに、宗果が蝕に奪われた可能性を見逃してしまった失態を繰り返したりはできない。博耀は遣士の桃香に報告し、芳や範に連絡を取った。崑崙へ流されるとしたらこの三国を通るだろうと考えてのことである。範の南の才には令坤門があり、ここにも同じ貼り紙がなされ、奏や漣に連絡が行っているだろう。奏はこの連絡を喜ぶに違いない。苦難の時が終わりを迎えるかもしれないのだ。一方でまたもや宗果を奪われたなら立ち直れないかもしれない。かつては六百万人もの正丁がいた大国も九十年余りの空位の間に国内に残る正丁は百万人をやっと超えるくらいだった。これよりも多い数の荒民が雁や巧、慶、戴などに逃れている。麒麟旗が揚れば彼らを呼び戻し、受け入れるための準備にも入るだろう。雁には令艮門、巧には令巽門があり、蓬山に宗果が生ったという情報は荒民たちの中にもあっという間に広がった。無論、これが何度もぬか喜びだったことで慎重な態度を崩さないものも少なくなかったが、これで最後だという声も多かった。というのは同じような境遇だった芳の場合、三度も麒麟を失いながら、四度目には蓬莱に流されても無事に発見されているからだ。既に三度も麒麟を失っている奏の民にとっては『三度あっても四度目はない』ということだけが心のよりどころだった。したがって、東の蓬莱に流されるなら蝕が通るであろう、雁、慶、巧の三国は多くの荒民を抱えているだけにピリピリしている。雁の補佐を務める彩香は兄の啓鷹が奏の補佐を務めているだけに僅かな風であっても見逃すまいと必死の形相だった。このため、遣士の累燦は彩香の緊張を和らげるのに苦労したらしい。それは巧の遣士、春陽にも言えたことだった。前回恭の補佐の博耀が失態したことで同期任官で僅かの差で状元を奪われた耀隼としては負けられないと思ったのだろう。傍で見ていても顔つきが変わったとわかる耀隼に春陽は宥めすかすのにかなり苦労したようだった。一方、蓬莱に抜ける蝕が一番通るだろうと思われる慶では、なるようになるだろうと、開き直りの雰囲気もあった。十年前に蒼月と紅蘭の夫婦に代わって大宗伯の白溪と大司冦の賢至が結婚して建州侯に赴任していったが、その後任には大宗伯が暁華、大司冦が光月となり、更に彼らの後任の通司には緋媛、修司には玖嗄が就任していた。この人事は芳の遣士の泉媛と芳に任官した玉拓の夫婦を呼び戻すことを当面諦めることを意味していた。というのは玖嗄や緋媛よりも高く評価される玉拓だが、非公式に准司冦付になっているだけで、正式な慶の官ではなく、玉拓を呼び戻しても任用するのに相応しい官職というものが見当たらなかったからだ。第一、准司冦も空位になっている。という話はさておき、冢宰の夕暉以下、大司冦光月、通司緋媛らが話し合って達した結論というのは、仮に宗果が蝕に奪われた場合に、これを慶が阻止することはできず、蝕の行方を確認するしかできないのであり、それならば、慶国内の諸州に触れを出し、今後一年間の大風や蝕の情報について注意するくらいしかない、というものだった。この考えは労力を無駄にしないという意味でも理にかなっており、景王もこの方針で望むよう指示したという。通司の緋媛は慶のこの方針を各国の遣士たちに通達し、蝕のことに過敏にならないように注意した。これもおそらくは恭の桃果や巧の春陽辺りからの要請もあったのだろうし、高王からの内々の示唆もあったようだった。さて、春分といえば春の除目である。官であれば当然気になるところであるが、この年も大きな異動はなかった。先にも触れたように十年ほど前に建州侯だった蒼月と紅蘭の夫婦が引退することに絡んでの異動があったくらいだ。新規任官では戴に翠蘭が、柳に柴耀が補佐として派遣されたくらいで、遣士の異動は殆んど行われていない。まぁ、昇進条件として国外赴任を希望するものが時折下働きのような形で赴任するが、殆んど半年から数年でお払い箱になっている。このような事態に頭を痛めていたのは教育を司る大宗伯の暁華であり、研修を担当する修司の玖嗄である。呉渡や松塾のやり方を学び、良いことは積極的に取り入れたり、人的交流を活発に行ったりして教育の質の向上に努めていた。彼らが教育改革の象徴として大学の総長にと目していたのは暁華の義父母に当たる蒼月と紅蘭であった。蒼月が州侯を辞する数年前から、州侯まで務めた人に失礼かもしれないが、是非にと要請したがやんわりと断られた。その蒼月と紅蘭は今慶国内にはいない。隣国巧に居を移してしまったのだ。

  *  *  *  *

巧国寧州阿岸。青海に面した港街は雁の烏号との定期便が入ることで賑っている。数年前ここに紫楽飯店という舎館が看板を掲げた。もともとの舎館の店主が引退したのを譲り受け、もとの家生たちをそのまま雇う形で商売を始めたのである。そう規模の大きな舎館ではなかったが、その裏手には空き地がかなりあり、そこにも建物を建てたが、舎館にするのではないようだった。そう、紫楽飯店を始めたのは蒼月と紅蘭の夫婦である。楽俊が高王になったころから要請の話は聞いていたのだが、十年ほど前に決心をして建州侯を辞し、巧に移ってきたのだ。とは言え、巧の民の気質などは何も知らないので、最初の数年で巧の諸州を歩き回り、各地の伝承や特産、風習や訛り、気質や風俗など、イロイロ調べ上げたのだ。そして阿岸で舎館を始めるとともに、その裏手に私塾を作ったのだ。松塾を見本にはしているが、名を売るために当初は受験に力を入れた。上痒から少学を目指すものや少学から更に先を目指すものまで幅広く教えることにしたのだ。これが評判を呼んだ。何せ慶の大学を棒眼や探花で出て、なおかつ遣士や州侯まで務めた二人であるから教えることは容易いことだった。しかし、単に知識を詰め込ませるのではなく、なぜそのようなことが必要になるかということから解き明かすのだ。より深い理解と見識がなければ人として失格である、など、知らず知らずのうちに人の道についても学ばせていた。そんな紫楽飯店を訪ねてきたものがいた。青海に浮かぶ浮濠で雁からの船に乗り換えてやってきたらしい。

「ごめんください。どなたかいらっしゃいますか?」
「は~~い、ただいま…」

おとないに応えて出てきたのはまだ若い娘である。泊り客だと思ったのか愛想良く出迎える。

「いらっしゃいませ。お泊りですか?それともお食事ですか?」
「あ、いや、ここには私塾があると聞いてきたのだが…」
「私塾のほうでございますか?それでしたらこの裏手のほうになりますので、ご案内します」
「あ、いえ、それには及びません」
「いえいえ、さあこちらです、どうぞ」

娘は一旦表に出ると先に立って歩いていく。後ろを見ることもない。その潔さに軽く溜め息をつくと後に従った。裏手に廻るとかなり質素な建物があり、その向こう側になにやら建て増ししようとしているものがある。そちらのほうも負けず劣らず質素なものだったが、頑丈さだけがとりえみたいな建物になりそうだった。娘は質素な建物の入り口から入り、奥に向かって声を上げる。

「塾頭、入門希望の方がいらっしゃいましたが、お通ししてもよろしいですか?」

するとそれに対する応えが戻ってくる前に奧の方から一人の女性がやってきた。そして娘に小言を言う。

「これ、少姐、何度言ったらわかるのだね?こういうときは『少々お待ちください』と断りを入れてから奧まで入っていき、そこで用向きを伝えるのだよ。こんなことをしていたら、万が一都合の悪い人が来た時に逃げられやしないじゃないか。こういう手を抜いたような応対をしているうちは塾にあげませんよ」
「…す、すみません。つ、つい…」
「ついじゃありません。こういう礼儀作法もできないといくら学んでも意味がありませんよ。わかりましたね?」
「…はい」

少姐と呼ばれた娘がしゅんとしたところで女性は改めて連れてこられたものの方を見る。表情も一変して笑顔である。

「すみません。躾がなっていませんで、お恥ずかしいところをお見せして…」
「あ、いえ、失敗したその場で叱るというのはとても意味があると思います。叱られたほうも身につきますから」
「いえいえ、あたしが思ったことを溜めていられないだけで… で、何か御用で?」
「はい、こちらに私塾があると聞いたもので…」
「確かにこちらでは私塾もやってはおりますが、基本は舎館でございます。私塾はホンの道楽なのですが…」
「ええ、きちんと躾をしていただけた上に運がよければ勉学もできると聞いております。入るのは相当に難しいとか」
「あらあら、どちらでそのようなことを?」
「うちの舎館に泊まられた方から聞いたのです。申し遅れました。私は奏の交州で櫨家飯店という舎館の趙大河と申します。これは私の弟で秀絡と申します。実はこの秀絡をこちらで躾けてもらえないかと思いまして」
「ちょっとお待ちください。奏の櫨家飯店ですね?少姐、あなたは店のほうに戻っていなさい」

女性はそういうとそそくさと奥に引っ込んでしまった。娘は言われたように表に戻ってしまったので、客だけが残されることになった。しばらくしてから女性が戻ってきた。

「丁度良人が戻りましたのでどうぞこちらへ」
「失礼します」

大河と秀絡は女性に促されるままに奧へとついていった。通されたところはまるで書庫のように壁が書棚で覆いつくされていた。床の上にも書棚に入りきらなかった書籍があちこちに置かれており、そんな中に書卓がひとつと椅子が何脚が据えてある。書卓の向こう側の椅子には書籍に読み耽っている漢が座っていた。女性はそのそばに行くとパッと書籍を取り上げる。

「あ、何をするんだ」
「すぐにおつれすると言ったでしょ?」
「読みながらでも話はできるよ」
「それはお相手に失礼だとは思わなくて?」
「…十分失礼です」
「わかればよろしい」

女性は書籍になにやら栞を挟むとそれを閉じて漢の前に起き、にこやかに客に向かって言う。

「さぁ、どうぞ、こちらに」
「あ、はい」

客はおそらくは塾頭らしい人に『躾をしている』女性に圧倒されて書卓の前の椅子に座った。書卓の向こう側の漢が話しかける。

「えっと、櫨家飯店の趙大河君に趙秀絡君だね。私がこの舎館の家公の蒼月というものだ。これは細君の紅蘭。躾には厳しい」
「…何か仰いまして?」
「嘘は言ってはいないよ。で、櫨家飯店の人が紫楽飯店などに修行に来るなんてどういうことかな?うちのほうが修行に出したいくらいなのに」
「この秀絡は今年で十一ですが、どうも甘えがあるようで、余所でしっかり躾をしてもらったほうがいいと…」
「…誰に言われたのかな?」
「祖父母たちにです。あ、祖父とその弟妹です。七人兄弟で仲がいいんです」
「…配浪の話とかは聞いていないのかな?」
「配浪、ですか?それが何か?」
「聞いていないのか… ふ~~ん… 紅蘭、どうする?」
「とりあえず舎館で働いてもらいますか?」
「そうだな… じゃあ、大河君、秀絡君には躾が必要なんだね?」
「あ、はい」
「とりあえず表の舎館で働いてもらいながらイロイロ躾をするようにしましょう。それでよろしいかな?」
「はい」
「じゃあ、舟が出るのは明日だろうし、表の舎館に泊まっていきなさい。秀絡君も今日はお客さんだ。明日からは違うけどね」

蒼月は見ようによっては底意地の悪そうな顔で笑った。どうにか秀絡は紫楽飯店の厄介になるようだった。





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最終更新日  2005年12月23日 12時17分34秒
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