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カテゴリ:想像の小箱(「十二」?)
「桜花」
あれからどれだけの季節が廻ったことだろう。行き倒れになっていた緋色の髪の少女に自分の境遇を重ね、不遇だらけの故郷を飛び出し、海を越えてここまでやってきた。自分の拾ったものの大きさに戸惑ったこともあるが、これも天の配剤なのだろうと受け入れることにしたら、厄介事さえも大したことないように思えたりもした。傍からは飄々としているように見えるらしいが、それは表情が出難いだけで、内心ではいつも冷や冷やものだった。まだ大学で学んでいた頃、何度言っても騎獣に跨って窓から訪ねてくる金髪の少年、実際にはおいらの何倍もの歳月を生きているエライ人、の振舞いには最後まで慣れることはなかった。もちろんこちらが一人でいるのを確認し、誰かが来る気配を察したらすぐに消えるつもりだったから窓から顔を出したのであり、下手に表から来た方が大騒ぎになると分かっていても、何となく理不尽さも感じていた。おいらの将来のことを考えて慣れさせていたんだと後から言われたけど、何となくすっきりしないものもある。大学を出ても故国で任官できるわけもなく、冗談めかして「恩を返せ」と任官を迫ったのもおいらのため。ホントに素直じゃない。本当なら緋色の髪の少女ももとへと送り出したかったろうに、まだまだ政情不安で、実績もない他所者が働きやすいようにと箔をつけてくれたようなものだ。先の先まで読んだ上での行動は時折意表を衝くもので、少しでも追いつかねばならないと、できるなら肩を並べたいと強く思ったものだ。 この姿でほてほてと歩くのは普段は赦されていない。たまの休みだから赦されるささやかな贅沢だと思っている。誰も住む者のいない後宮のその奥の小径、そこだけぽつんと高くなったところにひょろりとした樹が一本だけ植えられている。おいらの背の丈よりも少し高いくらいの、まだ幼い樹には数輪の花弁がついていた。花の中心が紅く、花弁の先に行くほど色が淡くなる、一寸ほどの径の五弁の花だ。樹に葉はついていない。この花が散った後に新芽が伸びてくるのだという。おいらの故国にはなかった花だ。蓬莱でよく見られる花だという。おいらが大学を出る頃にここに植えられたそうだ。それまではなかった。ここの主が望まなかったからだ。主の故国も蓬莱でその頃の辛い思いを思い出させる花だから記憶の底から消していたという。きっかけは些細なことだった。ようやく新政に落ち着きが見え始めた頃に発せられた、緋色の髪の少女と同じ蓬莱から流れされてきた少女の一言だった。 「春と言えばお花見らしいけど、どんなものなのかしら?」 「…鈴、蓬莱でしたことないのか?」 「ええ、それどころじゃない暮らしだったから。でも噂では聞いていたの。どこその桜は綺麗で、それを見上げながら詩を詠んだり、酒杯を傾けたり… 優雅なものだって」 「…それはどうかな」 「え?」 「私の頃は酔漢ばかりで花を愛でるよりも酒を飲む理由付けだけだったな。学校の入学や卒業の頃、あの花に迎えられ、そして送られて、新しい暮らしが始まるんだ、これまでとの決別なんだって思うことは多かったけど、花見はな… 喧しくて酒臭くてあとにはゴミが散らかっている… 掃除が大変だったという記憶しかないな」 「…そんなものなの?」 「花が悪いわけじゃないが、花を愛でる雰囲気はなかったな。けど、花を愛でるのはいいことだ。ん?」 「…どうしたの?」 「そういえばこちらでは桜を見ていない」 「桜?」 「ああ、祥瓊は知らないのか。…こちらの木々と言えば果物がなるものだろう?梨、李、桃、梅、柿、棗…」 「サクランボは桜の実じゃなかった?」 「そうだな。けど、多くの桜は花を楽しんで実がつかない、ついても食べられないようなものだった。だからこっちにはないのかな?」 「雁は?延王も延台輔も蓬莱出身でしょ?」 「そうだな。今度お尋ねするよ」 こうして緋色の髪の少女に尋ねられた主は眉を顰め、金髪の少年はそっぽを向いた。少女は虎の尾を踏んだことに気づき、笑顔を引き攣らせた。そのぎこちない表情を見た主は諦めたように溜め息をついた。 「今はない。が、天に願うようにしよう。いい加減乗り越えねばならないからな」 「あ、あの…」 「六太、今度遊びに行ったらあれこれ調べてこい」 「…いいけど?それより陽子が直接願う方が早くないか?ここで願っても慶に持って行けないだろう?」 「アホ、俺が手本を示してやるだけだ。それに慶と雁では春の訪れも違うから、咲く時期も違うはずだ。咲く時期が異なれば慶と雁と両方で楽しめるだろうが」 「…なるほど、いいカッコ見せたいんだ」 「…それのどこが悪い?」 「別にぃ。いいんじゃない。でも、手本が失敗するとカッコ悪くない?」 「喧しい!」 後に緋色の髪の少女に聞いたが、主も金髪の少年も眼が笑っていなかったらしい。蓬莱で多くの領民を戦で殺され、その散った命の散りざまを想起させる花を天に願う、たとえ故国を懐かしむ同胞のためとはいえ、心が痛んだことだろう。それでも主は樹を天に願い、叶えられた。ただ、その花はその花弁の中心に民の流した血の色を抱いていた。咲いた花を見て主は苦笑いをした。虚心坦懐でなく、どこかで後悔の念に囚われていたんだろうな、とは金髪の少年の感想だった。主は樹を切り倒すでなく、国中に樹を広めるでなく、ただここに一本だけ植えることにした。天もまたそのように計らったようだ。主の心の形がここにある。こうしてこれを見るのはこれで最後かもしれない。来年には緋色の髪の少女のもとへと行く。もちろん機会があればここで花を見上げることもあるかもしれない。今までのように確実に見れるとは限らないだけだ。隣国で咲く花は透き通るような薄紅色で、秋には艶々とした紅色の小さな甘い実をつけるという。こことは違う同じ名前を持つ樹をどういう気持ちで見上げるのだろうか?おいら自身にもわからない。戒めとして紅い血の色を眼に焼き付けておかなければとふと思った。決して忘れたりしないようにと。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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