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カテゴリ:テレビ番組
#どうする家康 #三方ヶ原の戦い #徳川家康 浜松まつり家康公騎馬武者行列、お疲れ様でした!!そして、三方ヶ原の戦い!!チャットGPTにも聞いてみました。徳川家康の三大危機!三河一向一揆、三方ヶ原の戦い、そして、神君伊賀越え。金陀美具足の兜首の正体や、いかに!! 第17回 三方ヶ原合戦 初回放送日: 2023年5月7日 徳川VS武田の戦がついに始まる! 武田信玄(阿部寛)率いる武田軍の圧倒的な強さを目の当たりにし、徳川家康(松本潤)は籠城を選ぶ。だが、信玄は予想外の行動に出て――。 なぜ、三方ヶ原の戦いとなったのか? ・従来、遠江・三河奪取説、多かった。 ・近年、戦国遺文(せんごくいぶん)武田氏編第三巻。元亀3年11月19日付、徳川黎明会所蔵文書。武田信玄条目(武田信玄の朱印状)、朝倉義景宛。「来年5月に出陣するように依頼」によって、上洛説(西上説)が有力。 信濃から天竜川筋(山県昌景の別動隊)じゃなく、駿河から富士川筋で遠江に侵攻したという新説。柴裕之。『当代記』が根拠。 [年表] 元亀4年 10月3日 武田信玄、甲府、出陣。 10月8日 信玄、神尾宗大夫(そうだゆう)の本領安堵。 10月10日 武田信玄、大井川、渡河。遠江に侵入。三輪次郎右衛門尉の本領安堵。二俣調略、命じる。 (夏目)作手城つくでじょう 田峯城だみねじょう 長篠城はながしのじょう既に敵の手に。 (大久保忠世ただよ)犬居城いぬいじょう 只来城ただらいじょうも落ちたとの知らせありじゃ。 (榊原康政)多方から一度に攻め込まれておる 手が回らぬ!信玄本人が どこにおるのかさっぱり分からん! (石川数正)しかし 恐るべき速さ。3日に一つ 城を落とされておる。 (忠次)「侵略すること火の如く」とはよく言ったものじゃ。 (鳥居元忠)駿河するが方より高天神城にたかてんじんじょう向かう大軍(武田の本軍)ありとのこと! 10月21日 信玄、山家三方衆(やまがさんぽうしゅう)・奥平道紋宛書状。高天神城主・小笠原氏助の降伏、知る。織田信長、足利義昭に対する配慮あったが、書状に、「3ヶ年の鬱憤」とある。元亀元年、徳川家康と上杉謙信の越三同盟のことだろう。 (夏目)殿!高天神が… 落ちました。 (忠世)早すぎる!次は 見附城みつけじょう…。 (忠次)見附を取られればもはや信玄は目と鼻の先。 (数正)既に本多勢が物見に向かっておるはず。 10月22日 信長、家康に書状。戦局の見舞いとして、梁田広正(やなだ ひろまさ)、派遣。 山県・秋山軍、仏坂合戦。井平城、落城。 10月22か23日 木原畷合戦、三箇野合戦、一言坂合戦、挑燈野合戦で、武田、徳川、激突。 不明 本多勢 相手の先鋒せんぽうと相まみえ一言坂ひとことざかにて戦いとなりました。 (夏目)相手は 赤備えの手勢とのこと。 (数正)よりによって 武田最強 山県やまがたか! 10月27日 家康、宇津山城の守備、竹谷松平家(たけのやまつだいらけ)の松平備後守清喜に命ず。 11/12以前 岩村逆心。岩村遠山氏が織田から武田に。 11月14日 武田方、岩村城、受け取り。 11月15日 信長、岩村遠山氏の一族 延友佐渡守に知行与えた。 11月19日 家康、将軍義昭側近の朽木輝孝に書状。御内書、無視して攻め込んで来た信玄。信長からの援軍と追い詰めているので、ご安心ください。一方、信玄、朝倉義景に書状。これ以前に、織田の援軍が浜松に到着。 不明 佐久間信盛殿 水野信元殿ら 織田勢3,000ご到着でございます。 11月19日 これ以前に開戦していた二俣城の戦いで武田方の北条氏政からの援軍・大藤政信 (だいとう まさのぶ)が鉄砲で討ち死に。 11月晦日 二俣城、落城。中根正照、浜松城に撤退。信玄、二俣城、大改修。信濃衆の依田信守・信蕃(のぶしげ)父子、置く。 11月下旬 信玄が二俣城、包囲の報あり。信長、家老衆の佐久間信盛、平手、水野信元、大将として、軍勢、浜松に参陣させた。すでに二俣城、落城。信玄、堀江城、目指していた。信長公記。 12月21日 二俣城の大改修後、信玄、再始動。 12月22日 三方ヶ原の戦い。浜松に8000、三河吉田に1000、岡崎に2000、野田に300。その他、各地。『浜松御在城記』。祝田坂(ほうだのさか)、外れた信玄の狙い、本坂道(ほんさかみち)(姫街道(ひめかいどう))と鳳来寺道(ほうらいじみち)(金指街道(かなさしかいどう))と浜名湖水運の要・堀江城。城主・大沢基胤。浜松城封鎖される恐れあった。よって、決戦避けられず。 第18回のあらすじ 金荼美具足の遺体が武田信玄(阿部寛)のもとに届けられると、徳川家康(松本潤)討ち死の知らせは全国に広まった。瀬名(有村架純)は動転しつつも、籠城戦への備えを家中に伝え、織田信長(岡田准一)は武田信玄との決戦を覚悟する。武田勝頼(眞栄田郷敦)たちは浜松城に攻め込むが、酒井忠次(大森南朋)の機転で徳川軍は難を逃れた。浜松を後にして西に兵を進めた信玄だが、体の異変に襲われていた。そんな中、徳川家臣団の前にある男が現れる。
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最終更新日
2023年05月10日 12時11分10秒
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