2008/07/12(土)18:06
池上俊一『歴史としての身体―ヨーロッパ中世の深層を読む―』
池上俊一『歴史としての身体―ヨーロッパ中世の深層を読む―』
~柏書房、1992年~
1992年は、池上先生が三冊もの著作を出されたなかなかすごい年で、本書はその中の一冊です。他に、以前紹介した『狼男伝説』と、講談社現代新書の『魔女と聖女 ヨーロッパ中・近世の女たち』も出されています。(編訳書、ジャック・ルゴフ『中世の夢』も、この年ですね)。
なお、本書『歴史としての身体』は、あらたに2001年、ちくま学芸文庫として出版されています。
本書の構成は次の通りです。
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はじめに
I.身体コミュニケーション
1.身振りのシンボリズム
2.ダンスのイメージ
3.スポーツの熱狂
4.衣服とモードの文化史
5.化粧と変装―悪魔の仕業か
II.身体に関する知・メタファー・迷信
1.ミクロコスモス=マクロコスモス
2.<聖なる>からだと<穢れた>からだ
3.医学と民間療法
4.清潔感と衛生管理
5.頭―魔力の居場所
6.心臓―愛と敬神の舞台
7.目・耳・鼻・口のメタファー
8.手足―聖なる力を伝える媒体
9.血と骨―生命の源と生命の回復
10.髪と髭―聖なる象徴か呪術か
III.からだの<狂い>とこころの<狂い>
1.病気―罪の結果か受難の標か
2.狂気―悪魔憑きか神の使者か
3.<変身>と<畸形>への熱狂と恐怖
4.身体刑―神々への犠牲から理性の裁きへ
5.性的逸脱―「自然」に反する罪
IV.感情表現の諸相
1.聖と俗の泣き笑い
2.嫉妬と羞恥―人間関係が生み出す情動
3.愛と悦びの発明
4.恐怖と久能―罪の悔悛と浄化
5.憤怒と憎悪のドラマ
6.声と表情によるメッセージ
V.五感の歴史
1.視覚―色彩と風景の抬頭
2.聴覚―日常生活における音
3.味覚―料理の味つけと食卓風景
4.嗅覚―聖なる芳香と地獄の悪臭
5.触覚が伝える聖と穢
6.第六感―超自然界のメッセージ
おわりに
文献目録
あとがき
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あとがきによれば、本書は、1989年度に池上先生が明治学院大学で非常勤講師として講義した際の記録をもとにした著書だそうです。こんなに楽しそうな講義…ぜひ受けたいものです。
「生身の人間の様態を明らかに」することが本書の大きな目標の一つですが、「おわりに」の部分では、はたしてそういう目的が果たせたのかという批判もありえるだろう、ということをおっしゃっています。史料が、聖職者などによる著作に限られているせいもあるわけですが、私には、生き生きとした当時の人々の姿も浮かび上がってくるような読書体験でした。もっとも、それが全ての節にあてはまらないことは事実です。たとえば、人体がより大きな宇宙、国家、社会に対応する「ミクロコスモス」だという論は、聖職者などの専門家以外にどこまで浸透していた考え方なのか疑問です(説教などにより、「民衆」に伝えられた部分もあるとは思いますが)。少なくとも、「ミクロコスモス=マクロコスモス」論では、「民衆」(俗人)の姿は浮かんできにくいですね。
一方、たとえば、聴覚の話。都市をにぎやかに声をあげながら商売する行商人、教会の周辺に鳴り響く鐘の音、森の獣たちの鳴き声やざわめき…なんとも生き生きとした情景が浮かんできます。
本書はテーマごとの章立てになっていますが、たとえば、聖職者レベルでの身体観、貴族身分の身体観(ここで扱われている恋愛など)、「民衆」の身体などのように、身分ごとに考察するのも面白いかもしれないですね。宮廷風恋愛の観念は、聖職者はもちろんですが、俗人とそれほどなじみぶかいものではなかったと想像しますし、身体に関する高度な神学的な議論も、俗人は知ったこっちゃないでしょうから。
その他、興味深かったところは、視覚の話。このブログでも頻繁に取り上げているミシェル・パストゥローの研究が下敷きになっていて、パストゥロー氏の所論の簡潔な整理となっています。
感情表現に関する章も興味深かったです。特に中世の笑いについては、関連する文献もいくつか入手しているものの、まったく手を付けていないので、読まなきゃなぁという思いが強くなります。…なかなかしんどいですが…。
とまれ、本書は、身体を中心に、関連する様々なテーマが扱われていて、まず読み物としても面白く、研究としても興味深い成果だと思います。
ちくま学芸文庫版『身体の中世』の画像はこちら。