のぽねこミステリ館

2024/03/31(日)12:07

有光秀行/鈴木道也(編)『脇役たちの西洋史―9つのライフ・ヒストリー―』

西洋史関連(日本語書籍)(329)

​​ 有光秀行/鈴木道也(編)『脇役たちの西洋史―9つのライフ・ヒストリー―』 ~八坂書房、2024年~  編者のお一人、有光先生は東北大学大学院文学研究科教授で、中世ブリテン諸島史がご専門です。本ブログでは、次の単著を紹介したことがあります。 ​・有光秀行『中世ブリテン諸島史研究―ネイション意識の諸相―』刀水書房、2013年​  もうお一方の鈴木先生は東洋大学文学部教授で、中世フランス史がご専門です。本ブログでは、たとえば、​『西洋中世研究』12​所収のご論考「<Reditus Regni ad Stirpem Karoli Magni>再考」を紹介しています。  さて、本書は、初期中世から近代までの、教科書には名前が載らないような「脇役」たちにスポットを当て、彼らの経歴を通して、同時代の歴史・社会・文化などの諸側面をあぶりだす試みです。  本書の構成は次のとおりです。 ――― まえがき 第1章 忘れられた「第三の守護聖人」―アウクスブルク・ノイブルク司教聖シントペルトゥス(†807?)―(津田拓郎) 第2章 「世界で最高の騎士」―ウィリアム・マーシャル(ca.1146-1219)(有光秀行) 第3章 奮戦するパリ大学総長―ジャン・ジェルソン(1363-1429)(鈴木道也) 第4章 ブルゴーニュ公国を生きる―ユーグ・ド・ラノワ(1384-1456)(畑奈保美) 第5章 都市を演出する詩人―アントニス・ド・ローフェレ(ca.1430-1482)(池野健) 第6章 カトリック聖職者の失敗した宗教改革―フランツ・フォン・ヴァルデック(1491-1553)(永本哲也) 第7章 国王の天地学者として生きる―クリスティアン・スクローテン(ca.1525-1603)(小川知幸) 第8章 三十年戦争末期ヴュルテンベルクの預言者―ハンス・カイル(ca.1615-?)(出村伸) 第9章 啓蒙の世紀の商人―ドミニク・オーディベル(1736-1821)(府中望) あとがき 執筆者一覧 索引 参考引用文献一覧 図版出典一覧 ―――  まず、各章で扱われる人物に関連する絵画、場所などの(カラーも含む)図版が各章に5点以上収録されていて、イメージがわきやすいつくりとなっているのが嬉しいです。また、各章には固有名詞などについての脚注が豊富に付けられていて、読みやすい工夫がなされています。専門的な文献注はありませんので、読みやすく、一方で関連書籍は紹介されていて、さらに勉強を深めることも可能です。  さて、以下、簡単に各章についてメモ。  第1章は、8~9世紀の転換期を生きた司教をとりあげます。生前の事績は地味であったにもかかわらず、11世紀頃から崇敬をうけはじめ、ナポレオン戦争期頃から急速に崇敬が衰退します。このように、初期中世の人物[事件]を取り上げ、その後世への受容を通史的に描く手法は、津田先生の別稿「トゥール・ポワティエ間の戦いの「神話化」と8世紀フランク王国における対外認識」『西洋史学』261、2016年、1-20頁や「「大立法者」としてのカール大帝の記憶」『西洋中世研究』12、2020年、79-92頁にも見られ、興味深く拝読しました。  第2章は、12-13世紀に、無名の雇われ騎士から始まり、後に「これ以上偉大な人を見たことがない」とまで評されるにいたったウィリアム・マーシャルを取り上げ、彼の経歴や、同時代の政治的背景を論じます。中でも、騎士としての名声をとどろかせることになる馬上槍試合についての節では、試合前には社交の機会が設けられていていたことから、「馬上槍試合は当時の俗人エリート層がコミュニケーションをとる機会のひとつ」「社会的ネットワークを形成し、確認し、また強固なものとするツールのひとつ」であったという指摘(55-56頁)や、波乱の政治的状況の中、マーシャルが歴代の王にも「もの言う」騎士であったとの指摘が興味深かったです。  第3章は、教会大分裂(シスマ)期にパリ大学総長となり、シスマ解決に紛争したジャン・ジェルソンを取り上げます。彼は、シスマだけでなく、ブルゴーニュ公ジャン無畏公の意図によるオルレアン公ルイ暗殺事件への糾弾もなしますが、その中で言及される、ジャン・プティという人物が唱えた「暴君殺害擁護論」という考え方が興味深かったです。要は、暴君の殺害は正当かつ合法だ、というのですね。ジェルソンはこの考え方を批判しますが、このように、彼が様々な争いに関して、様々な論考や説教活動を通して解決しようとしていた姿が浮き上がります。  第4章は第3章でも言及のある歴代のブルゴーニュ公に仕えた重臣ユーグ・ド・ラノワに焦点を当てます。英仏百年戦争のさなか、生まれ故郷のフランドル地方の立場から様々な議論を展開し、晩年には、ブルゴーニュ公フィリップが1430年に設立した金羊毛騎士団の古参の騎士として、その総会に努めて出席したほか、団員の最上席を占めるほどになります。  第5章は、フランドル地方のブルッヘで、石工職人でありながら高名な詩人・劇作家として活躍し、都市から相当の年金を受給した詩人ローフェレを取り上げます。ブルッヘはブルゴーニュ公の宮廷があり、彼らはフランス語で話しましたが、主人公の詩人は世俗の言語フラマン語で詩作をしていたことから、詩人は都市住民を対象としていたことが指摘されます。また、ローフェレが演出した入市式での活人画を詳細に分析し、彼が「都市の名誉」のための働きかけを行っていたことが示されます。  第6章はカトリックの司教にして領邦君主であったフランツに焦点を当て、彼がカトリックでありながら自身の領邦のプロテスタント化を図ったのはなぜか、という興味深い問題提起から議論を展開します。詳細な分析から、彼が自身の権力の保持に尽力していたことを明らかにするとともに、プロテスタントになった人々の動機も多様であったことが示されます。  第7章は異色作。現地測量に基づいて作成した地図がスペイン国王に認められ、「国王の天地学者」として活躍することとなるスクローテンと同時代の「私」が、スクローテンの語りを聞きながら、その生涯を描写するという、小説風の構成となっています。ちょっとしたミステリーとしての仕掛けもあり、スクローテンの生涯や業績自体も興味深いながら、物語として楽しく読める1章です。  第8章は、突如天使に出会い、神からの言葉を伝えられたという、ぶどう栽培を営む農夫ハンス・カイルに焦点を当てます。彼の預言の詳細、そしてそのニュースが活版印刷によるビラやパンフレットにより広範に伝えられたこと、彼が当局から疑われ、のちに「自白」に至る過程など、同時代に預言がどうとらえられたのかが明らかにされ、大変興味深く読みました。  第9章は、フランス革命前後を生きた商人ドミニクを取り上げます。彼は啓蒙思想家ヴォルテールと書簡を交わし、相当な学のある方だったようです。アンシャン・レジームにおいては特権階級の矛盾を批判しつつ、革命後には、特権を擁護するかのような発言をするという、一貫性がなさそうに見える彼の思想の背景を辿る、こちらも興味深い論考でした。  本書は、編者のお一人有光先生から御恵贈いただきました。心から感謝します。(2024.03.17読了)​・西洋史関連(邦語文献)一覧へ

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