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できるところから一つずつ

できるところから一つずつ

第二章 紅(日本にて)

 第二章  紅(べに)  (日本にて) 


  花びら


吸物に花びら三つ浮かばせて父母と今年の花見を果たす



父の棺に入れる背広のポケットにニトログリセリンを忍ばせておく


ともすれば崩るる気持ちを励ますか母は常より早口となる



急逝の父の机上の万年筆キャップ外せし儘に置かるる


枯れ草を引けば蔭より転び出づ夏の名残りの蝉の抜けがら





  言葉少なし    



原爆の資料館出で歩みつつ言葉少なし友らも我も


言葉にはならぬ重さを引きずりて原爆資料館を後に歩めり


同行のカナダ人の友そつと聞く「広島の水はもう飲めるのか」






  行き、帰る



日本には「行く」のかそれとも「帰る」のか心揺れつつ飛行機に乗る

来る時と同じ映画をまた見つつ帰りの飛行機にまどろみ始む

   



  ふくら雀   



座布団を筒型に巻き練習す吾娘に結ばむふくら雀を


早朝の豆腐屋の前ほかほかとバケツのおからが湯気たててをり


しつとりと体を包む日本の空気吸ひつつバス停にをり




 
   
  旧交



「これからが女は勝負」と言ひ合ひて女同志の乾杯をする


いつしかに動じぬ女となりぬらし初恋の人と子らの話しす


東京に育ちし性か人混みに埋もれてどこかほつとしてをり


ハングルの看板めつきり増えてをり久々に来し夜の赤坂


駅前の呉服屋本屋履物屋皆が「佐藤」の亡き舅(ちち)の故郷(さと) (郡山にて)

若き日は農に励みし人ならむ車椅子より田を見渡せり






  夫の母



病状の説明しつつ涙ぐむ死には慣れたる筈の婦長が


朝よりの雨がみぞれにかはる午後姑はたうたう息をひきとりぬ


髪の毛の先まで力漲らせ四天王像目を剥きて立つ


天窓の光を受けて三体の菩薩像の影それぞれ黝し






  山茶花   



売り声をテープに流しゆつたりと焼き芋売りが煙草をふかす


マンションが建ちかけのまま放置さる我の育ちし家の跡地に


山茶花の垣根の中にひつそりと夫の育ちし古き家あり


行きたくて心にかかるバーンズ展つひに見ぬまま東京を発つ






   
  都知事選 



切り火してパトロールカーを送り出す高井戸警察婦人警官


選挙権持たぬ我とも握手して都知事候補は終始笑顔す


不可思議な活気溢るる東京をにな担はむ都知事の候補が揃ふ





  
  六月の駅



停車せぬ浜松駅を過ぎてより「うなぎ」の加はる車内販売


サリン禍のほとぼり冷めしか六月の駅のごみ箱封を解きたり


円高にめげず買ひたり縦横の比率が吾に相応ふジーパン


一枚がジーパン百本分ほどの値の付く和服をマネキンが着る


物産展見めぐる内にふと出会ふ「琴の若」に似る目をしたこけし





  花婿



補正用タオル七枚巻き付けて長身痩躯の甥が和装す


初に着る羽織袴に花婿が長き手足を持て余しをり


「富士山が四十階からきれいです」エレベーターに今朝の貼り紙







  花子     井の頭動物園にて。



人知れず死ぬる自由を奪はれて動物園に象が老いゆく


刻み食、流動食に支へられ象の花子が老い深めゆく






  娘の婚約



それぞれに緊張秘めて「団欒」す娘と彼と夫と私と


娘の婚の決まりたる夜夫につ注ぐまなむすめ「愛娘」とふ酒は辛口


彼の愚痴楽しむごとく娘は言へりまともに聞きてやりはしないぞ


久々に頼りて指図を仰ぐ時我には母が矍鑠と見ゆ


娘の婚約祝はれて少しむつとする喜ぶ親も居るのかしらん


激しさも燃え立つ若さも見えぬまま娘の縁談が整ひてゆく


喜ばうよろこばうとして多弁なり娘の婚約の決まりたる夜


いつしかに逞しき手になりぬらし結婚指輪がもう嵌らない




 
  花嫁姿



どんな顔をしたらよいのか分からずに花嫁姿の吾娘と向き合ふ


「およめさんだ」と囁かれつつ参道を吾娘の花嫁行列がゆく


息長く篳篥(ひちりき)を吹く青年の額に滲み汗玉をなす


向き合ひて目顔に合図交はしつつ二人の巫女が舞ふ「越天楽」






  湯の宿 
武雄温泉にて




湯上がりに足の運びの重たくてゆらりふらりと廊下を歩む


鋭さを感じさせずにやや枯淡武蔵の書といふ「明月入懐」


父ま坐さば見せたかりしを湯の宿に武蔵の書といふ「明月入懐」




  
  「お初に」 



「お初に」と心の裡に言ひながら宮先生のお墓に詣づ


遂に来し記念館なりスリッパに履き替へながら少し動悸す


魚野川の冬に似通ふ暗さなり吹雪に霞むフレーザー川








  母は華やぐ



「おばあちやまの夢を最近よく見る」と国際電話に母は言ひゐき




もの言はぬくち唇に明るく紅差して終の化粧に母は華やぐ


レシートの裏に短歌の断片を書きかけのまま母は還らず

まだ葬儀を出さぬうちよりかかりだす仏壇・墓地のセールス電話


きこつ気骨なら誰にもまけぬ母なれど骨粗鬆症には負けてしまひぬ

悲しみは怺へるなといふ友の声徐々に私の心をほぐす


「法要」を呼びださんとせしワープロに「抱擁」の文字飛び出して来る






  「おやぢつち」



君を待つ駅前広場次々とヘッドライトが通り過ぎ行く


構はねば不機嫌になる夫らを「おやぢつち」とよぶ昼の妻たち


千株の株主なれど聞き入りぬダウを上げたる市況のニュース


「ああしんど」声に出しつつ坐りこみ言ひし分だけ気軽になりぬ


「自分勝手を許される齢になつた筈」友はますます元気になりぬ


「野菜売りのおばさんみたい」と娘が言へりいつもリュックを背負ふ私に

帰りゆく君の車を見送りて後は独りの夜へと沈む






  梅の花    



早春の淡き日を受けほんわりと梅が行く手の空に広がる


丘の辺に光集めて梅の花白が五分咲き紅は四分咲き






  芒の穂    



横顔と前向きの顔重なりてピカソの絵より視線を返す


風渡る仙石原の芒の穂つらなりて靡く穂波のうねり


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