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できるところから一つずつ

あとがき


       あとがき

 「極光、aurora borealis」には、一九八五年から一九九九年の間に、『コスモス』や、新聞や雑誌の歌壇などに発表した歌から選んだ四一八首をまとめました。年齢的には、四十四歳から五十八歳にあたります。この間、私の生活の本拠はカナダではあったものの、諸般の事情から、一年の内三分の一くらいは、東京で暮らす結果になりました。このため、この歌集をまとめるにあたっては、全体を三章にわけ、第一章をカナダでの暮らしに基づいた作品、第二章を日本に帰国中の作品、さらに第三章を連作として構成致しました。編集は、題材に沿ってまとめることを中心にし、製作年代には特にこだわりませんでした。題名の「極光 aurora borealis」は、特に一首の歌に拠ることなく、第一章の「オーロラ」と「北極圏」に集めた数首から連想して、夫が考えてくれました。auroraは曙の女神の名前、borealisは「北の」という意味のラテン語です。 

 「コスモス」の高橋安子さん(当時はカナダに在住)にお声をかけていただいて、私が短歌をはじめ、同時に「コスモス」にも入会させていただいたのは一九八五年のことでした。遅い出発ではありましたが、このことを、東京に住んでいた私の母、大橋富子がとてもよろこんでくれ、それからは、終始、母と私は、お互いの短歌の熱心な読者となりました。

 若いころから歌いはじめ、亡くなるまで六十年近く歌いつづけた母でしたが、私の短歌については、指導をしてくれるということはほとんどなく、むしろ、普通の母親として、その内容について、心配したり喜んだりしてくれたように思えましたので、私の方も、「遠く離れて住む母が安心してくれるような、幸せで、明るく、読後感のよい歌を、手紙を書くような気持ちで歌う」ことを心がけて詠んでおりました。
長い間には、私の歌に対し、

時に苦笑さそはれてをり娘が詠める短歌にうかぶ母吾の像(大橋富子)
と母が詠んだこともあり、「親の心子知らず」の点がたくさんあったのだとは思いますが、

十日まり日本に在りし娘の家族あたたかきもの残して発ちぬ (大橋富子)
 
吾子よりの返事ならむかファックスは夜更け静かに紙吐き始む(大橋富子)

のように、喜んでくれたこともありました。

桜の季節の終わりに、私が

一陣の風吹き過ぎて目の前の舗道捲きゆく桜はなびら(佐藤紀子)

と詠んだときには、「同じ時期に、違う場所で、同じような歌を作っていた」と、

散りかかる白き花びら突風に吹きあふられて地に低く舞ふ(大橋富子)

の一首をファックスで送ってくれました。

また、 

残る日々今は恃まむと心決め祖国離るる子の住む国へ(大橋富子)

という歌を発表してカナダに来た母が、その決心にもかかわらず、じきに日本に帰ってしまったのも、今となっては懐かしい思い出の一つです。

晩年、腰の骨折で安静状態になって、

まるでラッコの貝割りなどとおどけつつ仰臥の日々の過ぎゆくを待つ(大橋富子)

という泣き笑いのような作品が、作者名の上に「故」の字をつけて「コスモス」に乗ったときには、仰臥のまま、書見器に司馬遼太郎の厚い本をセットして読んでいた姿が思い出されてなりませんでした。

きはやかに今虹立つと添へられて遠き国よりファックス届く(大橋富子)

と歌ってくれたこともあったので、きれいな虹が出るたびに、もう、そのことを伝えることができないとの感慨に見まわれてしまいます。

母が亡くなってからの私は、「幸せな自分」をアッピールする歌を詠むという制限抜きで、自由に何でも詠んでよくなった筈です。。ところが、いざそうなってみると、却って、私自身、本当はどういう歌を詠みたいのか、わからなくなっていることに気がつきました。いろいろ試みては見るのですが、どれも少しずつ違うような気が致します。 

 「そういう時には、思いきって歌集を纏めて、これまでを振り返ってみたら、これからの自分も見えてくるのではないか」という結論に達したのは、母の三回忌が過ぎた頃、「潮音」の森田忠信氏から、積極的なご助言を頂き、さらに森田氏から話を聞かれた鈴木英夫先生が、「歌集を出す気持ちがあるならお手伝いしましょう。」というお便りを下さったときのことです。

 この歌集上梓が、その答えになるかどうかはまだわかりませんが、少なくとも私の遅すぎる親離れの「踏み切り板」としては、役立ってくれるものと信じております。

 最後に、コスモス入会直後から懇切にご指導くださいました鈴木英夫先生が、歌集上梓についてもいろいろとお教えくださったこと、また、この歌集がコスモス叢書に入れていただけましたこと、そして、柊書房の影山一男氏が一切のお世話をしてくださいましたこと、さらに諸先輩をはじめ、バンクーバー勉強会の方々のご厚情をいただいて今日までやってこられましたことなどに深く感謝し、お礼を申し上げます。

一九九九年十一月一日
                            
                          カナダにて
                             佐藤 紀子
                         


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