Ludovic DEBEURME, Lucille
Ludovic DEBEURME, Lucille, Futuropolis, 2006.この夏は暑くて出かける気にもなれず、ブログも書く気になれず、積ん読した本を読んで過ごすことが多かった。翻訳をやりながら、論文を書いていたが、暑くて朦朧としていて思うように筆が走らず。 ジャズミュージシャンでもある著者には、すでにシュルレアリスム風の作品『Céphalus』『 Mes ailes d’homme』と醒めたユーモアマンガ『Ludologie』といった作品があるようだ。リュシーユという女の子を主人公としたマンガ。分厚くて重い。かなりの大作という分量だが、ページ番号もなければコマも風船もない。素朴なタッチの画風で余白をふんだんに使っているのと、ストーリーがおもしろくて一気に読める。容姿にコンプレックスをもつ拒食症の女の子の話、しかも内容がボーイ・ミーツ・ガールとくれば既視感があるかもしれないが、相手の男の子の家庭事情も詳しく描いているので、読み応えがある。ポーランド移民の男の子の父親は、飲んだくれで馴染みの酒場に子供が迎えに来るような調子である。なんでそんなに荒れているのかというのは、想像がつくかもしれない。過酷な現実に打ちのめされていればそうなってしまうものだ。結局、知人を尋ねて仕事を探すがついに見つからず、自殺してしまう。拒食症でヒキコモリになったリュシーユの家に薬を届けに来たこの男の子が運命の相手である。トラウマを抱えた追いつめられた男女が新天地イタリアへと駆け落ちする。ところが、そこで雇い主の息子がリュシーユにちょっかいを出す。結末は悲劇で終わるのだが、ヘタウマ系の絵でシリアスなドラマを描くスタイルにリアリティを感じる。これが演技過剰の劇画調だったらひいてしまうところだ。シリアスなだけでなく、画風を生かした笑いもあるし、人と人との細かなやりとりも観察されていて日常マンガの繊細な表現も生きている。ぽっちゃりしていた幸福な少女時代からげっそり痩せた陰鬱な大人の女性の暮らしのなかで、ちょっとした出会いによって生気を取り戻すが、またちょっとした行き違いから運命の歯車が狂っていく。「第一部完」とあるから続きがあるのかもしれない。とりあえずそこだけには希望が宿っている。