ぼくの声はいつしか痛切な叫び声になっていた。
空白の時間が過ぎていく。片岡は何も言わない。ぼくも何も言えない。これ以上言えることなど何もない。
それはたった数十秒のことだったかもしれない。しかしぼくには、何十時間も待ち続けているように感じた。片岡の声を。生きている証を。
「・・・・・・言ってて恥ずかしくないか?」
低くくぐもった声で、ぼくは我に返った。片岡の声は言葉とは裏腹に掠れていた。
ぼくは顔から火が出そうになりながらわめいた。
「死ぬほど恥ずかしいわ! 俺にこんなこと言わせてただで済むと思うなよ。勝手なことしやがったらぶっ殺してやる」
「死ぬなと言ったり殺すと言ったり・・・・・・」
片岡は苦笑した。そして掠れ声のままこう言った。
「でも、どうして俺にそんなことを?」
ぼくは少し考えてから、なるべく平然と聞えるように答えた。
「俺が中学の時一番仲良くなった奴は、会って半年で転校した。去年ツルんでた坂口は、一年で引っ越した。これでお前がいなくなったら、俺には『親しくなった奴はみんないなくなる』っていうジンクスができちゃいそうなんだよね。だから、お前に消えられると困るんだ。それに、お前がいないと今年の秋提出の読書感想文は、誰のを盗作すりゃいいんだよ」
「ずいぶんと自分勝手な理由だな」
「知らなかったのか? 俺は自分勝手な一人っ子だ」
「俺らがそんなに親しかったということも知らなかったな」
「俺も知らなかった」
片岡はしばし絶句したようだったが、負けたよ、と言って少し笑った。そして、先程までとは打って変わった力強い調子でこう告げた。
「もう切らなければならないから始業式に会おう」
携帯を持つ手が、汗でぐっしょり濡れていた。切る時には、手が滑って電話機を取り落とすかと思った。早鐘のように鳴り続けている鼓動も、足の震えも、なかなか治まりそうにはなかった。
しかし、薄暗い教室を覆っていた見えない布は、確実に取り除かれていた。
ぼくは机に座りなおして目を閉じた。窓ガラスを震わせるような蝉しぐれが、ぼくを包み込む。
片岡の、体格に似合わず繊細な印象を受ける顔を思い浮かべる。眼鏡を外した彼の顔は、数えるほどしか見たことがない。しかし、細い目は父親譲りだと彼は言っていた。
昨夜、暗闇に佇む片岡を見た白石久美子は、そこに希望を見たんじゃないだろうか。
妻の元に逝ってしまった恋人が会いに来てくれた。そして、自分を呼んでくれている。
それは、夜の海で遭難した小舟から見た灯台の灯のようだったかもしれない。自分を救うべく輝く、暖かな道しるべ。
大きく両手を広げた彼は、彼女にとって幸福の使者そのものだった。
確認することはできないが、彼女の死に顔は微笑んでいたんじゃないかと、ぼくは思う。
つづく
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私が一番恥ずかしかったわ!
えーっと、一人っ子のみなさん、私は別に『一人っ子=自分勝手』とは思っておりませんので悪しからず(;^_^A
主人公も本当にそう思っているわけではありません。
はい。私も一人っ子です。
私は自分勝手ですけどね~(苦笑)
あと、私は自殺を奨励するつもりも死を美化するつもりもありません。
分かりきっていることだとは思いますが、一応、お断りを・・・・・・(小心者)