再生するまでの長い月日
私は、機能不全家庭で育った。幼い頃から父とは母不仲。そして貧苦。ものごころついた頃から母に夜の海へ連れて行かれて「死のう」と繰り返される日々。眠りから覚めると首に紐がかけられていたり。暗い家庭を明るくする役割はいつも自分だった。気がついた頃には実父に性的虐待を受けそれが何なのか、どういうものなのかも知らずに。そして母が父を裏切る瞬間を目撃したり。母の相手に、穢されたり。ずっと「性」というものに「恐怖」すら感じていた。「汚れたもの」という観念がまとわりついた。そして、「死」を選ぼうとする心。きっと、「生きていてはいけない」というメッセージが心に刻み込まれていたのだろう。その心が再生するまで随分時間がかかった。気がつけば「自分が自分を殺そうとする」・・・。自分の過去を受け止められずに長い時間過ごした。恨んだり、憎んだり、悔やんだりいろんな負の感情の中でもがき苦しんだりもした。誰とも話さず、誰とも会わず自分の中に篭もり続けた。自問自答を繰り返す日々。人間として最低レベルだった自分。他人にさえ「死んでしまった方がマシ」と罵られたりした。けれど、怒りもまた「チカラ」になることも知る。すべてを打ち砕きたくて、故郷を離れた。その日々の中にも失った多くのことがある。今は、それもすべて私だと言える。狂気とも思える運命が私に何を与えたかったのかも理解できる。こうして公の場で、過去の自分と向き合える。私は、父と母の元にやって来てよかったと思っている。苦しみの先にあるのは、あたたかい涙であることも知った。生まれてきてよかっと思っている。そして、いま生きていることに感謝している。未来はいつだってその入り口を開いてくれている。サイトランキングに参加しています