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2020.01.31
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「社会に出る」という言葉があります。

これはなにも、学生さんが就職することだけを指すでもなく、

いわゆる「主婦」と言われる人が、再就職するようなときにも使われる気がします。

たとえば

夫が有給の職についていることは「社会に出ている」と言われますが、

妻が専業主婦だったりすると「社会に出ていない」と言われるのかもしれない。

どう言われる、は置いておいても

ここでいう「社会」って何なんだろう?


***


先の夫と妻の、決定的な違いは

「働きによって外から報酬を得ているか」

というところだと思います。有給か無給か?

結構、大きなことだったりもしますね。収入がなければ暮らしていけないので。



ところで、昨今話題になるキーワード

#保育園落ちた

つまり、働きたい親(おもに母親)が産休育休などから、または

結婚リタイアした人が再就職する際などに子どもの預け先として保育園を申し込もうとして

申請が通らなく、預け先として保育園を確保できなかったことについて、

悲鳴のような声が上がり始めたシーズンです。



ここでも感じるけれど、つまり「育児」の部分。

保育園に預けなければ、子育ては親(おもに母親が多いのかも)が担うことになるのでしょう。

(それゆえ、収入を得る活動が不可能になることへの是非についてはいったん置いておいて

←今の日本の働き方については切実な問題であるとは思うのですが)


保育園に子どもを預けない人は、日中も育児を自分の手で行っていて

そしてもちろん、家事(炊事掃除洗濯など)ももれなくついてまわることが多いと思います。


***


最近、この「家の中でおこなうこと」と、「家の外でおこなって報酬を得ること」について

ぐるぐる考えることがありました。

たとえ、同じことをやっているようで実は同じではなかったりもするのでしょう。

子育てだって母親が家で子どもを見るのと、保育園で保育士さんが見てくれるのとでは

全く同じかといえばそんなことは、決してない。(どちらがいい、とか悪い、とかでもない)


・・・どうも、家の中でのことの方が、全体的に「軽んじられている」ような気がしてならないのです。


***

もし、家の外を「表舞台」とするなら、家の中は「舞台裏」なのでしょうか。

人がたくさんいて、活動をして、パフォーマンスをして、報酬が得られる場所=表舞台

プライベートな場所で、誰も見ていないことが多い、無報酬=舞台裏


なんとも、舞台裏は地味でいわゆる「オフ」な部分にも見えます。

外で働かない人にとっては、自宅の生活が表か裏か、というのは置いておいても

その「オフ」に対する位置づけというのか、態度というのか。


***

「誰も見ていないから」このくらいでいいだろう、はある意味、安心の代名詞?だったりもします。

まあ、誰かが見ていれば恥ずかしくないように「格好つけよう」ってなることが多い。

それ自体は至極あたりまえで、たいていの人はそうなのかもしれないし、大事なのかもしれない。

(スイッチ切って、休息したいですし、ね)


それと同時に、

オフである自宅での営みと言うのは(さきにいう、子育てやその他家事にもつながるもの)

生きるための生活そのものだったりもします。

食事をし、睡眠をとる。

どちらも必要不可欠だし、しないわけにはいかないこと。

場合によって、子を産み育てるのも、ごく自然な営みの一つです。




仮に家の外で働くことを「オン」「表舞台」と見るならば

家庭での生活時間は「オフ」で「舞台裏」なんだろうか。


だがしかし。

決して、欠かすわけにいかない要素がたくさんある。

家の生活を、何をどうやっていくのか。

家庭次第な面もある。(仕事で疲れて帰ってきた人が、何もかにもしづらいことだって当然ある)

それにしても、どうも

「外の仕事は気合入れてきちんと」⇔「自宅では誰も見てないからどうでもいい」

に価値が傾きがちじゃないか、と。


「あなたは何がしたい?」という問いに対して何か答えるならば、

はたしてそれを「自宅で行う」のか「自宅以外で行う」のか、「自宅以外では行えない」のか、

みたいな話になって、

「自己実現は家の外でないと出来ない」みたいな思想ってないだろうか?


もちろん。

そのしやすさ、とか、舞台として考えるならば当然、自宅よりも適している場所があることには

代わりないとは思う。

にしても、では

「自宅ではなにもできないのか」というところ。

自分が持つポテンシャルというのは、自宅以外で発揮しないと意味がないのだろうか?



そんなことを思うのも、

家の外の仕事があってなんぼで、それができない自分は常に半人前。という意識で

生きてきたからなんだと思うのですが。

ここにきて、自宅でやっていること、できること、の可能性や価値みたいなものを

もしかしたら見直せる時代がもうとっくに来ているんじゃないか、と。


家の中だって、ひとつの社会じゃないか?



その前に立っている自分が、

「自宅と自宅の外」
「表舞台と舞台裏」
「有給と無給」
「ハレとケ」
「見られてると見られてない」

にどこまでこだわりすぎるのか、

人の目にどこまで価値を見出すのか、

人の目のないところでどこまで何ができるのか

がキーになるっていうことがありそうだという気がしています。





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Last updated  2020.01.31 10:18:29
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