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ヒロガルセカイ。

ヒロガルセカイ。

17。

  17。

松葉屋に戻った霜柱と夕映は、すぐに引き離されました。
夕映は、客を誑かして吉原から逃亡を企てた嫌疑をかけられ、土間に連れて行かれ。
霜柱は見張りの役目を怠ったとして、先輩男衆につれられて主人の下に侘びを入れました。
「他用で抜けていたから仕方ないと言いたいが。まさか夕映格子が大門を抜けるとは思わなんだ。」
花魁は商品です。逃がしてはならないし、傷をつけられても困ります。
商品価値が下がることは避けねばなりません。
「恐れながら、格子は不本意でした。」
「だろうね。そう思いたい。でも正直、この苦界にいたいと思うかい?
甘い言葉をかけたか・かけられたか知らないが。
吉原の大門をくぐるのは許されないんだよ、霜柱。
だからおまえさんが見張っていないといけないんだよ。」
主人は霜柱には外回りの仕事を減らして、遊廓内を見張るよう男衆のまとめ役に指示しました。つまり見張りの強化です。
「格子は。」
霜柱は自分の仕事のことよりも、夕映が心配です。
「あの子は今晩、土間で過ごすんだよ。頭を冷やさせるのさ。」
「罪がないのに、あんまりです。」
「そういう仕事をしてるんだ。客に対して示しがつかんだろう。」
主人は悔しげな霜柱の表情から、気持を察しました。
「仕事だよ、霜柱。おまえさんに見張りをつけさせないでおくれよ?」


夕映は手足を縛られて土間にひとりでおりました。
本来なら逆さ吊るしの拷問もありえた<無断の大門抜け>。
そこまでされずに済んだことに安堵しながら、じめじめとした土間の冷たさに不安を覚えます。
窓のない畳2畳ほどの狭い土間。
花魁の部屋とは全く趣の違う寂しい場所。しかも誰も寄り付かないのです。
夜通しここにたったひとりでいたら、発狂するかもしれません。
夕映は、せめて窓があれば・外からの風を感じることができれば、こころを確かなままでいられるのに・・と俯いておりました。


「向坂さまは何かおっしゃられたんで?」
高尾太夫が主人の部屋に顔を出しました。
「いいや、なにも。」
主人は、ため息をついています。どうしたものか考えあぐねて。
「じゃあ、許してやってくださいよ。あの子も。霜柱も。」
「なんのことだい?」
主人は霜柱のこころのなかを感づいてからは、そのことばかり考えていたので高尾太夫に食ってかかるような勢いで言いました。
「どうかなさったんで?」
高尾太夫は別段、驚きもしませんでした。
勝手知ったる主人の煙草盆からキセルを持つと、静かに吸い始めました。
「あ、いいや、すまないな。太夫・・。つまらんことを考えていたよ。」
「この騒動の評判で今夜の客は間違いなく増えるでしょう。俺たちだけじゃ回せませんよ。夕映も見世に出したらいかがです。」
「それでは示しがつかないよ、太夫。」
「そうおっしゃるかな~と思いまして。」
高尾太夫が懐から包みを取り出しました。
若草色の和紙で包まれたそれは・・・・。

「太夫!これはおまえさんの年明けの?」
主人の額に汗が浮びます。
高尾太夫がこの吉原を出るために、見世に払うつもりだった借金返済分。
まとまった数の小判でした。
「これで足りますか?あの子の罪の償いは。」

「こんなことまでするのかい、太夫?
おまえさんだって早く郷里に帰りたくて床をこなしてきたんだろう!
郷里で、おまえさんを待つ<いろ>もいるのに。
そんなにあの子が大事かい?そんなに・・。」
主人は、この大量の小判を受け取りたくないと思いました。
今でこそ粋な高尾太夫が、今日まで苦労を重ねて生きてきたことも知っているからです。
花魁が楽な仕事ではないこと。いいお客ばかりではないし、毎夜が地獄でもありましょう。
今まで貯めた小判を出してまで、夕映格子と霜柱を助けますか。
そんなことをしたら、この先も花魁を続けなければなりません。
折角この苦界から抜け出せる機会でしたのに・・。

「まだまだご厄介になりますよ。」
高尾太夫は笑顔で言うと、さっと立ち上がりました。
「我侭な太夫を勘弁してくださいな。」
「大夫。」
主人は小判を包みなおすと、太夫に突き出しました。
「受け取れねえ。」
「あれ?」
「おまえさんの気持はわかってるつもりだ。この心意気が聞けただけでも、かばう価値があるってなもんだ。」
主人は自分の命が長くは無いと覚悟しています。そこから生まれるのは生への執着ではなく、限られたこの人生をいかに生き抜くかを模索することでした。
育てた大夫がここまで言うなら、自分も体をはろう。罪を問わずに復職させよう。うちの花魁には罪がないと、その姿勢で公言してみせる。

「そんなことをしたらお役人が黙ってはいませんよ。
大夫が清算した、それでとおしてください。
見世には世話になりましたからね、守らせてくださいよ。あなたのことも。な~に、この分もすぐに貯まりますよ。」
清清しい姿、なにも恐れないまっすぐな瞳。
主人は、この大夫を失いたくないと思いました。


吉原の仲の町と呼ばれる大通りは、噂を聞きつけた野次馬と馴染みでごった返しておりました。
「なんだい。昼はいないのかい。」
「お子様だってな?どんな顔かみてやろうと思ったのに。」
「向坂甚内を誑かした夕映格子とは、どいつだい。」
この喧騒に、さすがの司もイヤになったようで席をたつと、さっさと2階に上がりました。
すると廊下で霜柱とすれ違います。
「霜柱、ようやったやないか。この男前。」
「いえ、」
陽気に話かける司に伏し目がちな霜柱。
「なんだあ?どないしてん。」
「司さん。司さんたち花魁と、俺では格差があるんですよ。あまり親しくなってはならないのです。」
「ほお。夕映格子のことで釘を刺されたかい。気にすんなて。おまえさんらは似合うとる。」
「違いますよ、司さん。夕映格子は傍に居てほしいひとが別におられます。」
「高尾太夫かい。」
司が霜柱の肩をぽーんと叩いて言いました。

「あのひとは誰の傍にもおらんよ。そんなひとじゃない。」



体をはったのは高尾太夫でした。18話へ続きます。18話へ続くのでありんす。


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