66.夕方の赤い西の空が窓からみえます。まもなく陽が沈みます。 廊下の空気はひんやりとして頭もこころも落ち着きます。 欲情に流されそうでした。 なんだったのでしょうか。 歩くたびにぱたぱた鳴る上靴の音を気にしながら、美術部の部室へ向かいます。 「あ。章くん」 変わった趣味をお持ちの先輩に階段の途中で会いました。 「部室になにか借り物かい?」 「ええ。できればたらい・・とか」 「ふうん?あったかな。うちは水彩やるひといないからな・・試すこともなくて。 ああ、バケツがあるよ。代用できるかい?」 「十分です。助かります」 にこにこする章に、先輩が不思議そうな顔をします。 「・・・・首、怪我してるよ?」 「!!」 来夢が噛んだことを思い出しました! 「血・・でてないか?それ。なにやったんだよ・・。保健室が先じゃないの?」 「だ・だいじょう・ぶです!それより・・バケツ!!」 ものすごく動揺しています。顔が熱いです。 「なに。どうしたの?」 「先輩、バケツ貸してくださいね!」 だっと走って部室へ逃げ込みました。 「お帰りなさい。」 来夢が白いパレットに青い絵の具をすこし出してぼんやりしていました。 「おかえりって・・なんか変」 章がぶつぶつ言いながら水をくんだバケツを床に置きます。 「筆もだしたよ。はい・」 「ありがとう。じゃあ、さっさと・・始めますか」 筆を十分に濡らして水を含ませます。 「パレット取ってくれる?」 章の手のひらに来夢が絵の具を載せたパレットを渡します。 「ありがとう」 「どういたしまして」 楽しそうな来夢に「・・あのさ・俺を見ていないで、・・新聞紙を広げてくれる?」 「はーい」 まだ楽しそうです。 濡れた筆を下書きした紙の上に。 ぽたん・・と落ちた水滴をめざしてセルリアンブルーの水滴を筆からゆっくり落します。 にじむ色。じわじわと広がります。 その上にカドミウムオレンジをたらして、水分で広げます。 じわじわと色が染みていきます、重なった部分がうっすらとチャコールグレイになります。 「・・きれい」 「そう?これがじゅうたんの色のぼかしになるから・・」 残りの背景の部分にも水で溶いたセルリアンブルーを淡くぼかします。 水分が多くて紙が重くなります。 新聞紙の上でも、色を広げるために少しは持ち上げての作業です。 持てなかったらバケツに入れちゃうから、と章が呟きながら筆を動かします。 滑らかな青い色。 水が多くてうっすらとしたその色は、はかなく見えます。 きっと乾いたら、線のようにしか色は残らないでしょう。 「あ。下書きの線が残っちゃう。練り消しでそこ、消してくれる?」 言われたとおりに来夢が消し始めます。 「床はよかったの?」 「2Bの線なら溶けて黒く残るからクリムゾンを塗ったときに丁度抑えの色になるんだ」 「そうか・・」 練りけしで抑えて消した線を見て、 「じゃあ、あとは一晩渇かして。上から色を重ねていけばいいね・・」 章は、ふう。と息を吐いて袖で額の汗をぬぐいます。 ずれた眼鏡を来夢が直します。 「ねえ。クリムゾン・・俺が塗ってもいい?」 「え。俺も塗りたい。大好きな色だから」 「じゃあさ。さっきの約束、すこし変えさせて?」 <絵は描くって約束か。> 「なあに。どうしたいの?」 疲れてしまって思考がまともではない章は何を言われても受け容れそうな雰囲気です。 「わがままをいってもいい?」 「どんな」 「絵を描くから。 ・・俺をクリムゾンに・・あの色に俺を染めてほしいの。章の大好きな色になりたいの。」 「・・は。」 「感じさせて欲しいって言ってるの」 「何度も逃げれると思わないで。もう我慢できないんだから。」 来夢がそっと唇を寄せてきます、思わず体をそらしてよけました。 「・・・!」 むっとした来夢が伸ばしてきた手を払うように 「忘れてた、ドライヤーで乾かさないと紙がぼこぼこに波打っちゃうんだった・」 やけに大きい独り言。ドアのほうへ行こうとする章の腕をがしっと捕まえて引き寄せます。 「・・章。いい加減にして」 子猫が睨んできます。 「それは来夢でしょう。俺は絵を描きたいの」 「どうして絵をとおさないと俺を見てくれないの?ねえ、まっすぐに俺を見て?」 「見るよ。絵を描いたらね」 冷たすぎる章の突き放しかたに、さすがに来夢が・・傷つきました。 みるみるうちに瞳が潤んでしまいました。 腕を掴んでいた力が急に抜けたので、章がびっくりして来夢を見ます。 「・・・俺が嫌い?」 「嫌いじゃないよ・・。ごめん、言い過ぎた・。泣かないで」 心配そうに顔を覗き込んできた章の頬をいきなり両手で包みこんで。 強引に唇を重ねてきました。 「!!」 振り払おうとしましたが来夢の瞳から雫が伝ってきたので・・その冷ややかな感触に抵抗する気力を失いました。 <・・泣かせちゃった> 慰めるつもりで来夢の髪をかきあげました、うなじに触れました。 そっと抱え込みました。 熱い息を吐きながらようやく離れた唇は、熱を帯びていつもより赤く見えます。 なんて艶のあるクリムゾン。 「・・章。章のことを知りたい。欲しいの。・・・・痛いことをして欲しいの」 「そんなに言わないで。」 「何時でもいいの。ここで・・朝になってもいいの」 「来夢、もう言わないで」 「こんな気持ちで帰らせないで。・・章がすきなの。もう気持ちがとまらないの!」 来夢が教室の灯りのスイッチを握りこぶしですべて消しました。 突然真っ暗になって、章は驚きました。「来夢!なにも見えないじゃない!」 呼びかけても返事もなければ、さっきまで傍にいたはずなのに・・いなくなっています。 ・・・・ざああ。音のする方を見ると。カーテンが開かれていました。 藍色の空に星が瞬いています。 白い光に包まれた満月がぽっかり浮んだ夜空が窓から見えます。 静かです。 何も聞こえません。 町は静かに夜に溶け込んでいくのです。 「・・来夢?」 章は来夢の姿を探します、もともと眼鏡をつけているのでこうも視界が悪いと心中穏やかではありません。 「風が入って涼しいね」 声が聞こえました。 「来夢?」 窓の傍で来夢がシャツのボタンを外していました。 満月の光に照らされた茶色い髪がきらきらと輝いて。制服のシャツが風にそよいで。 夜の色をした瞳は章をまっすぐに捉えています。 赤い唇が・・・かすかに章の名を呼びました。 「・・来夢。俺も、溶かしてみたい。来夢の色を」 来夢の顔がぱああとはじけたような笑顔になりました。 駆け寄って章に飛びついたので、そのままふたりは倒れこんでしまい。 「いたー」と頭を上げたら、来夢は章の上に馬乗りを決め込んでいます。 「・・させてくれる?」 来夢が章の胸元を撫でながら聞きました。 「いたくしちゃうよ?」 はだけたシャツからみえる鎖骨やおへそまでのラインの艶かしさに章も聞き返します。 「・・そうして」 にっこりと微笑むと章のズボンのベルトを手早く外して下着に手をかけました。 「硬い・。」 どきん・としたみたい。 来夢が頬を赤くして章を見つめてきました。 7話へ続きます。 ひとことでもコメントくださると嬉しいです。 WEB拍手を押してくださるとお礼がありまする。 |