1010.章は自分のベルトのあたりに来夢の指が触れたのを感じました。 「気にしていないよ・。行こう、章。今日は絵を描かなくちゃ」 「・・顔色悪いけど・・無理なら俺、ひとりですすめるからいいよ?」 章が来夢の顔を覗き込みます。・・<泣きそう?> 思わず、来夢の手を強く握りました。 びりっと電流が走ったように来夢は感じて・・指を絡めました。 ゆっくり・・昨日を思い出すように・・ゆっくり指を変えたり何回も確認するように絡めます。 友人に見られても構わないのかしら。感触を確かめるように握ります。 「行こう」 あわてて章がそのまま教室から来夢を連れ出しました。 美術部に逃げ込もうと階段まで来たら、来夢が抱きついてきました。 ひとがいなかったからいいものの・・さっきから大胆すぎます。 「らい・・。」 離そうとしたら。 「先輩ってだれ・・?ねえ。どんなひと・・?」 「・・名前、知らないんだ。中学のときに見学でここに来て・・見かけて・・それっきりだよ」 「嘘」 「嘘じゃないよ。ねえ来夢、来夢が気にすることじゃないよ。・・もういい?」 「よくない」 「・・なにが知りたいの?」 「好き・なの?先輩が・・」 来夢は唇を無意識に噛んでいました。・・美しい赤の唇にじわっと真紅の血がにじみました。 「俺、章が好きなの。・・・昨日のことも忘れたくないし。・・ずっと傍にいたいの!!」 「・・来夢。傍にいるじゃん・・」 「こころも欲しいの。からだだけじゃなくて。・・お願い、俺だけ見てて。 こんなに好きなのにどうして?ねえ・・お願い・・」 「見てるよ、もう泣かないで?」 涙と汗の混じったきれいな顔を撫でてあげます。 「・・章、先輩の絵を描きたいから美術部に入りたいの・・? 俺はそれに協力しなくちゃいけないの・・?辛いの、章・・」 もう駄々っ子のように首をふったり、章の胸の中でじたばたする来夢が、おかしなことにだんだん愛おしくなってきました。 こんなに自分を好きだと言って。こんなに自分をさらけ出してくる。 野良猫を拾った幼い頃を思い出します。 きいきい抵抗して、暫らくすると自分から離れなくて。 こっちが手を出そうとすると怒ったり。 すねたり。 手のかかる気まぐれな野良猫を拾って飼っていた頃がありました。 「・・先輩はもう卒業していたんだよ。だからなにも無い」 来夢の唇の血をぬぐいながら静かに話し出しました。 「・・ほんとうに?」 「ああ。だって4月に入学してからもう3ヶ月過ぎるのに、見かけたことが無い。 名前もわからないんだ、学年も知らない。・・・去年デジカメで撮った画像だけだもん」 「見せて?」 「家にあるよ」 「・・撮ってあるんだ本当に・」 来夢がっかりです・・。 「?だって絵を描きたいもん」 章はあんまりよくわかっていません・・。 「来夢?からだって・・なんのことだ?」 友人の声がしました。 ・・全部聞かれていたのです!! 「おい、おまえ・・まさか・・!」 来夢の友人が階段を登ってきました。 「来夢を・・?まさか・・?なんてことをしやがるんだ!」 章に飛び掛る勢いです。 「一年か?こんなとこで喧嘩するなよ」 ひょい。と細い腕が章の肩に伸びてきました。 くちなしの白い花のような甘い香りがします。 「黒木先輩・・」 来夢の友人は知っているひとのようですね。 「こら。ひとの迷惑考えろよ、・・あ。この子、唇に怪我してるよ?」 「いえ、これは・・」 来夢が口を両手で塞ぎます。 「殴ったんじゃないだろうな?部活禁止にするぞ?」 「・・なにもしていません」 「信じようか?・・ほんと、大丈夫?きみ」 来夢の顔を心配そうに見つめるその先輩の顔を見て、章はまばたきを忘れました・・。 「すごくきれいな赤い唇なんだね?・・驚いた」 来夢の唇に磁石のように引き寄せられて、じっと見つめているそのひとが・・。 そのひとが・・。 驚いたのはこっちだ・・と章は思います。 どきどきがとまりません。 間違いないのです。 シャギーの入ったロングレイヤーの茶色い髪。 くっきりとした二重の瞳。下睫もはっきり見えて。 細身の体に・・・あのとき聞いた・・声。 このひとに会いたかったのです。 動けない章を見つけた来夢は、もしや・・と感じました。 名前。名前が知りたい。 思わず袖を掴みました。 「せんぱい・あの・・」 「ん?びっくりした。なあに?」 自分より幾分背の低い来夢に袖を引張られて、階段から足を踏み外しそうでした。 「・・名前を教えてください」 「?黒木です。3年の。・・なんで?」 「黒木・・先輩」 来夢は声に出して覚えました。 「・・・・もういい?離してね」 「あ。すみません・・」 「いいよ」 黒木先輩はすたすたと通り過ぎていきました。 くちなしの白い花のような甘い香りが残っています。 「黒木先輩、やっぱきれいだな」 来夢の友人がこともあろうにそんなことを呟きます。 「なんかこう・・雑誌のモデルみたいだもんな」 「・・モデル」 来夢は独り言を呟きます。 「そうなんだ?」 章の顔を見上げて、ただひとこと。たずねました。 「・・・・うん。あのひと。あのひとだよ」 なんだか悲しそうに章が答えました。 「よかったね。・・まだ卒業していなかったね」 来夢の声は震えていました。うつむいたまま・・手を握り締めています。 悔しいのでしょうか。悲しいのでしょうか。 「あのさ。来夢、・・・話を。話をしよう?」 「・・話じゃなくて。絵を描くんだよね・・」 「・・来夢。聞いて?」 章は来夢に努めてやさしく語りかけましたが、一向に顔を上げてくれません。 「ごめんね。・・今、俺・混乱してる」 「そんなことないよ来夢、・・部室に行く前に自販機のところに寄っていこう。なにか飲もうよ。 ・・ね。来夢」 「そんな言葉は欲しくない」 来夢が友人の目の前で章にしがみつきました。 「いや。・・絶対にいやだ。・・あんな顔して他の人を見て欲しくない!!」 11話へ続きます。 ひとことでもコメントくださると嬉しいです。 WEB拍手を押してくださるとお礼がありまする。 |