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ヒロガルセカイ。

ヒロガルセカイ。

4.

4.

「えっ!」
すっかり忘れていた!
慌ててベルトに手をかけると、かなりボトムがずり落ちていた。
公衆の面前で下着をちら見せしてしまい、顔が熱くなった。

「気にするな。ケガをしていないから、安心したよ」
巨体の関取を倒したとは思えない爽やかな笑顔だ。余裕なんだなあ。

「ちょっと、やんちゃが過ぎるけど。千里は今朝みたいに元気が無いより、その方がいいから許す」

(え、夏都兄? 気づいていたのか)

「じゃあな。また後で」
 ひらりと手を振って校舎に向う夏都兄を、わらわらと先輩達が追いかけていく。
「夏都、凄い蹴り!」
「あいつを倒したのは夏都が初だろうな!何だよ、おまえはー。弱点あるのか?」
 
今更ながら、僕の兄が如何に人気者かを思い知らされた。
沢山の人に声をかけられて、あんなに慕われている夏都兄がKINGじゃなければ、他に誰が選ばれると言うんだ。

「格好いいなあ。夏都先輩……」
 ふらふらとした足取りで、夏都兄について行こうとしている慎吾を見つけた。

「慎吾、何処にいたんだ?」
「いいなあ……。本当に千里が羨ましい。暴れても助けて貰えるなんて、千里は夏都先輩に相当可愛がられているんだな」
「あ。それはそうかも」
 でも、子供扱いな気もするんだけど。

「あれれ? 千里、顔が赤いぞー? 実の兄にときめいちゃったのか!」
「はああ?」
「気持はわかるぞ、あんなに格好よければ、ブラコンにもなるさ!」

「こっ・これは……日焼けだよ!」

「あはは。元気になった、良かったー」
 慎吾のお蔭で、僕はようやく笑顔を取り戻して校舎に入った。
「ブラコンでも、俺は千里の友人だからな」
 慎吾の気持はありがたいが、しかし『ブラコン』と言われてもピンと来ない。

実は夏都兄と僕は本当の兄弟では無いから。
再婚した親の連れ子同士で、血の繋がりが無い義理の兄弟。
……面倒くさいから、慎吾や友人の誰にも話していないけど。


――夏都兄とは、僕がまだ小学生の時に出会った。
「こ、こんにちは」
緊張しながら挨拶したら、夏都兄は笑顔で頷いてくれた。
「こんにちは。夏都です」
この人が僕の兄になる、それがとても嬉しかった。
初対面以来、僕は夏都兄の穏やかな光を満たした瞳を追いかけてしまうんだ。

いつも僕を見ていてくれるように願って。
側にいたら嬉しい。離れたら寂しい。
どうしてこんな気持になるんだろう? 
僕は自分の気持がちっとも掴めないんだ。

そんな僕のことを夏都兄が笑顔の先で待っているような気がする。
僕が心を奪われた、あの瞳の中に答えがあるのだろうか。


教室に入ると途端に「ぎゃ!」と声を上げてしまった。
誰かに僕の項に息を吹きかけられたのだ。
「ちーさーと。さっきは貴重なものを見られて、先生は興奮したよー」
「はっ?」
まさか担任の悪戯とは思わなかった。
「夏都の蹴り! 普段は穏やかな子が怒ると、ぞくぞくするよねえ。その夏都が学園祭の宣伝役か。先生も実行委員になって、夏都が出かける先々に付き添っちゃおうかなー」
 
この担任、前から『夏都は綺麗だ』発言をするので怪しいと疑ってはいたけど、こうもあからさまに言われると、ひく。

「夏都兄は、KINGに興味が無いって言いました!」
「断りきれるかなあ? 学校行事だよー」
 にやにやするなよ。

「でも万が一、引き受けても、先生はこの件には絶対に関わらないでください!」
「千里の怒った顔も先生は大好きだよ。穏やかな夏都に、やんちゃな千里。木下兄弟、二人共、先生の好みなんだよねー」
 
教師のくせに変態をカミングアウトか? それとも、からかっているのか? 

「その、ひいた表情もいい。千里はすぐに表情が変わるねえ、ところで、そのまっすぐな黒い髪を触ってみてもいいかなー」

 鼻息が荒い、ケダモノか?
「先生、近寄らないでください!」
 下敷きを扇いで追い払った。
「嫌われちゃったー」

一難去って、ふと先程の騒動を思い出した。
先輩相手でも、腕力があれば太刀打ちできると思い上がった自分を反省した。 
中学生の頃はケンカに自信があったけど、高校に来たら相手の体格が違う。
ほぼ大人だ。僕の背丈と体重では、敵わない相手が多すぎるんだ。

夏都兄は一見スレンダーな体つきだけど、部活で鍛えているし、モデル並の腕と足の長さがあるから、リーチの差でも勝てるだろう。
今日は夏都兄の凄さに気づいた。

爽やかでしっかり者で、加えてケンカも強いなんて、無敵じゃないか。  
校内でさえ人気者なのに、KINGになったら、僕からもっと遠ざかってしまうんじゃないか。

嫌な胸騒ぎがする。

5話に続きます。

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