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2006年05月10日
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カテゴリ:連載小説

 

 2・26の翌日の27日未明に戒厳令が布かれましてね。

 旦那もお聞きおよびのこととは思いますがね、私ら庶民に

 とっちゃあ、戦々恐々として鳴りを潜めるほかはありません

 でした。

 外出も禁止されて、ただただ家のなかで息をひそめて、この先

 どうなるんだろうかと、不安で不安でたまりませんでしたよ。

 まして、長橋の身が案じられてならず、私はまんじりともせずに

 三夜を明かしました。

 これは、のちに新聞で読んだことなんですが、斉藤実内大臣を

 襲撃の際に、春子夫人が青年将校たちの前に立ちはだかって

 「私を撃ってからにしなさい」

 と、叫んだそうです。

 おそらく夫人は士族の出なんでしょう、それは気丈に

 夫君をかばったんだそうで。

 にもかかわらず将校たちは、斉藤内大臣を撃とうとします。

 夫人は夫にむけられた銃口を袖で覆って離そうとはしない。

 おかげで腕に銃弾を浴びて、血だらけになりながらも、なおも

 夫の上に覆いかぶさって動こうとはしなかったのだそうで。

 とどのつまり、斉藤内大臣は40数発の弾丸を浴びせられて

 死に至りましたが、とどめの一発には

 青年将校たちの「天誅」という怒号が飛んだそうな。

 その凄惨な現場に長橋がいなかったということだけが、

 私には唯一救いでしたが。

 ところで、長橋はどんなことをやらかしたんだって。

 そりゃあ、旦那、私が惚れぬいた男ですわさ。

 女子供に手出しをするような卑怯なまねはしやあ

 しませんよ。

 そんなことをする奴は帝国軍人の風上にも置けや

 しないのさ。

 これも、あとになってわかったことなんですがね、

 長橋は当時陛下の侍従長だった鈴木貫太郎を

 襲撃する指揮をとったのだそうで。

 麹町三番町の鈴木貫太郎の官邸に兵を率いて

 乱入した。

 やはり「天誅」の弾丸を放ったのですが、その夫人の

 たっての懇願によりとどめをささずにさっと敬礼をして

 その場を立ち去ったそうですよ。

 いかにも長橋らしい、花も実もある男の引き際だったと

 私は惚れ直しましたよ。

 この一件で長橋は一段とまた男をあげましたのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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Last updated  2006年05月10日 06時52分32秒
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