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「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」(原題:ฉลาดเกมส์โกง (Chalard Games Goeng/Chalat Kem Kong、英題:Bad Genius)は、2017年公開のタイのクライム・サスペンス&ドラマ映画です。ナタウット・プーンピリヤ監督、チュティモン・ジョンジャルーンスックジンら出演で、名門校に特待奨学生として転入した天才女子高生リンが、親友をカンニングで救ったことをきっかけに国際的なカンニングに巻き込まれていく顛末を、スタイリッシュにスリリングに描いています。タイのアカデミー賞に相当する第27回スパンナホン賞で、作品、俳優、監督、脚本、編集、撮影、録音、美術、衣装デザインなど、史上最多の12部門を受賞、国外でも数々の賞を受賞した作品です。
「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」のDVD(楽天市場) 【キャスト・スタッフ】 監督:ナタウット・プーンピリヤ 脚本:ナタウット・プーンピリヤ/タニーダ・ハンタウィーワッタナー/ワスドーン・ピヤロンナ 出演:チュティモン・ジョンジャルーンスックジン(リン、天才的な女子高生) チャーノン・サンティナトーンクン(バンク、リンのライバルの奨学生) イッサヤー・ホースワン(グレース、リンの同級生、演劇部、勉強が苦手) ティーラドン・スパパンピンヨー(パット、グレースの彼氏、金持ちの息子) タネート・ワラークンヌクロ(リンの父、教師) ほか 【あらすじ】 小学生のころから成績優秀で、天才的な頭脳を持つ女子高生リン(チュティモン・ジョンジャルーンスックジン)は、教師である父親と二人で慎ましやかな暮らしをしています。明晰な頭脳を見込まれリンは、特待奨学生として名門校に転入、気立ての良いグレース(イッサヤー・ホースワン)と友だちになります。一定以上の成績をとらなければ大好きな演劇部の活動を禁じられるグレースに、リンは勉強を教え、試験中に彼女のカンニングを手助けします。 試験後、リンはグレースのボーイフレンドで金持ちの息子のパット(ティーラドン・スパパンピンヨー)の家に招かれます。彼は、報酬と引き換えに彼と彼の友人を助けるカンニング・ビジネスをリンに持ちかけます。最初は消極的なリンでしが、決して裕福ではない父親が学校に賄賂を渡していることに気づいた彼女は、試験の答えをピアノの指の動きで暗号化する「ピアノレッスン方式」を考案、カンニング・ビジネスに手を染めるようになります。多くの生徒が彼女のカンニングに殺到しますが、学校が誇るもう一人の天才で生真面目な奨学生バンク(チャーノン・サンティナトーンクン)によって、カンニングを阻まれます。リンは父からも学校からも叱責され、大学奨学金を得る機会を失います。 そんなリンにパットとグレースは、アメリカの大学に留学するため世界各国で行われる大学統一入試<STIC>でのカンニングをもちかけ、彼女は再び彼らと組みます。パットは、全世界で同じ日に行われる<STIC>をリンが最も早く試験が始まるオーストラリアで受け解答をタイに送る計画を立て、顧客を募って数百万バーツの資金を集めます。この計画にはバンクの協力が必要と考えたリンは、路上で暴漢に襲われ、大学奨学金の試験を受けられなかったバンクに話をもちかけ、渋々同意させます・・・。 【レビュー・解説】 国境をまたぐ国際的なカンニングを、社会風刺とともにスティーブン・ソダーバーグ監督ばりにスタイリッシュにスリリングに描いた、タイ映画のイメージを覆す画期的な昨品です。 カンニングをスタイリッシュ、スリリングに描いた画期的なタイ映画 世界レベルのクォリティ その昔、タイの映画館で映画を観たことがありますが、タイでは本編が始まる前に国王の映像が映し出され、観客は国籍を問わず全員起立して脱帽しなければなりません。日本にはない習慣ですが、実際にやってみると悪くはない体験だと思った記憶があります。タイでは軍事クーデターが頻発しますが、文民統治が腐敗すると見かねた軍がクーデターを起こし、不正を正した上で再び文民に統治を返還するというパターンの繰り返しのようです。文民も軍も国王を尊敬しており、流血も少なく、直接の統治はしない国王を頂点に文民と軍がバランスをとるかのような興味深い構造です。タイは欧米の支配を受けたことがない数少ない国のひとつで、信心深く、微笑みの国と言われるほど温和な国民性ですが、高いプライドを内に秘めているとも言われています。その一方で、本作でも触れられているように慣習的な賄賂の文化が根強く残っています。タイの映画には独特のトーンがあり、それを好む人も少なからずいますが、映画大国というわけでもなく、またタイを母国とする移民も限られる為か、国外の批評家に注目される機会はあまり多くありません。日本の映画祭などでタイ映画が上映されても、劇場公開やDVD化がされない作品が少なくないようです。 インドをはじめ、中国、韓国といったアジア諸国ではカンニングが社会問題としてクローズアップされていますが、タイも例外ではありません。学生たちにとってはカンニングはリスクを犯す否かの選択に過ぎず、罪悪感はないといいます。タイ映画というと穏やか、叙情的、内に秘めた思い・・・といった作品を期待してしまいますが、何よりも驚かされたのは本作がカンニングというタイの地域色の濃い題材を扱い、教室という凡庸な空間を舞台にしながら、スティーブン・ソダーバーグ監督ばりにスタイリッシュでスリリングで、タイ映画と思えないほどのグローバルなクォリティの作品に仕上がっていることです。世界的な共感を得るという狙いが当初からあったわけではなく、カンニングというタイ固有の問題をスパイ映画やクライム・サスペンスのようにスタイリッシュ、スリリングに描いたら面白いという発想で取りかかり、社会問題、クライム・サスペンス、若者たちのドラマといった要素のバランスをとりながら一年半かけて脚本を練り直すうちに、世界レベルのクォリティが生まれたというのが真相のようですが、いずれにせよ、結果的には素晴らしい作品になっています。 また、ナタウット・プーンピリヤ監督は「カンバセーション…盗聴…」(1974年) 、「ミッション・インポッシブル」シリーズ(1996年〜)、「オーシャンズ」シリーズ(2001年〜2007年)、「裏切りのサーカス」(2011年)などの影響を受けているとしていますが、興味深いのは、この他に「マッド・マックス 怒りのデスロード」(2015年)を制作の参考にしている点です。「監督が砂漠の中にきちんとした世界を作って、そこに観客が魅せられていることに感心した」とのことで、やはり映画製作者の視点はちょっと違います。何の変哲もない教室の中でドラマを展開しながら観客を退屈させない秘密は、そうした視点にあるのかもしれません。 何処でも誰でもハイレベルな映画が作れる時代 主役のチュティモン・ジョンジャルーンスックジンは映画初出演、他の共演者もほとんどが出演作が3作以下の新人ですが、期待以上のパファーマンスを得ることができ、ナタウット・プーンピリヤ監督は脚本の一部を書き直し、レベルアップしたそうです。演技コーチによる三ヶ月のワークショップが新人俳優たちのポテンシャルをフルに引き出したとのですが、カンニング法のアイディアもスタッフのブレーン・ストーミングから生まれるなど企画、編集、撮影、録音、美術、衣装デザインなどに卒がなく、タイの映画制作スタッフの優秀さを感じます。映画製作機材の低価格化、世界レベルでの情報共有の進展などにより、国毎の映画製作のノウハウ/スキルの格差がなくなりつつあるのかもしれません。 また、親戚がビデオ店を経営しており、小さい頃から映画を観て育ったというナタウット・プーンピリヤ監督は、タイの大学で演劇を、後のアメリカ留学でグラフィックデザインを学んでいますが、映画製作そのものは学んでいません。クウェンティン・タランティーノ監督はビデオ店の店員から脚本家、映画監督に転じましたが、映画製作の分業が進んだ結果、たとえ映画製作に関して網羅的なノウハウがなくても、センスがあればそれを活かせる体制が整いつつあるのかもしれません。いずれにせよ、アジアの国々に特有な問題を題材にした作品がこのように世界に通用する形で公開されるのは、とても喜ばしいことです。 チュティモン・ジョンジャルーンスックジン(リン) チュティモン・ジョンジャルーンスックジン(1996年〜)はタイのモデル、女優。9頭身のスラリとした体型を生かし、15歳の頃からモデルとして活動を始める。本作が初めての演技経験ながら、天才女子高生リンをクールに演じ、タイのアカデミー賞に相当する第27回スパンナホン賞では最優秀主演女優賞を受賞、国外でも複数の新人賞を受賞、アジアで最も注目されている若手俳優の一人として脚光を浴びている。 チャーノン・サンティナトーンクン(バンク) チャーノン・サンティナトーンクン(1996年〜)はタイの俳優。2014年に映画デビュー、その後TVシリーズに端役で出演する。本作で生真面目な苦学生バンクが抱える苦悩と葛藤を熱演、タイのアカデミー賞に相当する第27回スパンナホン賞で最優秀主演男優賞を受賞している。 ティーラドン・スパパンピンヨー(パット) ティーラドン・スパパンピンヨー(1997年〜)はタイの俳優。新人発掘のリアリティーショーでTVデビュー、TVシリーズで端役、メインキャラクターを演じ、ドラマに出演するようになる。本作が映画初出演ながら、金持ちのボンボンで策略家のパットを存在感たっぷりに好演し、タイのアカデミー賞に相当する第27回スパンナホン賞で助演男優賞にノミネートされている。
イッサヤー・ホースワン(グレース) イッサヤー・ホースワン(1996年〜)は、タイの女優。リンが転入した学校での初めての友人で女優を目指すグレースを、活発で天真爛漫に演じている。本作が本格的な演技は初体験だったが、タイのアカデミー賞に相当する第27回スパンナホン賞で助演女優賞にノミネートされている。 タネート・ワラークンヌクロ(リンの父) タネート・ワラークンヌクロ(1958年〜)は、タイの歌手、作曲家、音楽プロデューサー、俳優。1980~90年代にかけて、タイのプログレッシブ・ロックの先駆者としてヒットチャート1位になるなど大きな人気を得るが、絶頂期に突然表舞台から姿を消し、自身のレーベルを設立、タイの有名ロックバンドを多数輩出する。約20年の休業を経て、2015年に歌手活動を再開、映画「ポップ・アイ」(2017年)で俳優として長編映画デビューするなど、異色の経歴の持ち主。本作で第27回スパンナホン賞で助演男優賞にノミネートされている。 余談:CM監督は長編映画監督の登竜門? 映画制作を学んだことがないナタウット・プーンピリヤ監督ですが、彼は大学卒業後、数多くのテレビCMやMVを手がけています。 ナタウット・プーンピリヤ監督のポートフォリオ(Vimeo) 彼に限らず、著名監督にはCMやMVの出身者が少なくなく、CMやMVは長編映画監督への登竜門かと思うほどです。30秒から3分前後という短い時間で強いインパクトを残さねばならないCMやMVと、90分のという長丁場を緩急をつけて展開しなければならない長編映画は一見異なるようですが、メリハリの効いた画作りという点では意外と共通する部分があるのかもしれません。 CMやMV出身の映画監督
ジョージ・オーウェルのSF小説「1984年」をモチーフにした、リドリー・スコット監督のアップル・マッキントッシュのセンセーショナルなCMはあまりに有名です。スパイク・リー監督がマイケル・ジョーダンと組んで制作したナイキのエア・ジョーダンのCMは、商品を巡って暴力事件が頻発するほど消費者に強い影響を与えました。また、ミシェル・ゴンドリーが制作したカイリー・ミノーグのMV「カム・イントゥ・マイ・ワールド」では、映画ではなかなか見せないような大技を使われています。デヴィッド・フィンチャーが制作したアディダスの「Mechanical Legs」でも、映画ではなかなか観られないほど、機能美、躍動美が凝縮されてます。なお、上記の表には挙げていませんが、長編映画で大成してから初めてこうしたメディアを手がける監督もいます。CMやMVには単なる広告、プロモーションの域を超えた、芸術性の高いものが少なからずあり、映画監督にとっても魅力あるメディアなのかもしれません。 【動画クリップ(YouTube)】 ナタウット・プーンピリヤ監督による企業広告 ワコール「My Beautiful Woman」シリーズ(タイ語、英語字幕) ブラザー(タイ語、英語字幕) 「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」のDVD(楽天市場) 【関連作品】 おすすめタイ映画のDVD(楽天市場) 「6ixtynin9」(1999年) 「フェーンチャン ぼくの恋人」(2003年) 「地球で最後のふたり」(2003年) 「マッハ!!!!!!!!」(2003年) 「風の前奏曲」(2004年) 「シチズン・ドッグ」(2004年)輸入盤、日本語なし 「ビューティフル・ボーイ」(2004年) 「親友」(2005年) 「早春譜」(2006年) 「世紀の光」(2006年) 「ミウの歌 Love of Siam」(2007年)輸入盤、日本語なし 「バンコク・トラフィック・ラブ・ストーリー」(2009年)輸入盤、日本語なし 「ア・クレージー・リトル・シング・コールド・ラブ」(2010年) 「ブンミおじさんの森」(2010年) 「トップ・シークレット 味付のりの億万長者」(2011年) 「すれ違いのダイアリーズ」(2014年) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2019年04月18日 05時00分12秒
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