行きかふ人も又

2008/06/03(火)22:57

【ピアニスト】 2001年 それでも愛してくれたら、絶望はなかっただろうか

フランス映画(54)

    ウィーン国立音楽院でピアノの教授をしているエリカ。幼い頃から母親に厳しく育てられた彼女は、40歳を過ぎた今も母と二人暮らしをしていた。 ある日、エリカは演奏会の席で青年ワルターに出会う。ワルターは一目でエリカを愛し、執拗につきまとい、音楽院試験をパスして彼女の生徒になるのだった。そんな彼のピアノに特別な感情を抱くようになるエリカだったが・・・。  青年の純粋な愛と、エリカの倒錯した愛。 妙な関係が始まり終わっていく、その精神のありようは、時に可笑しく滑稽で切なくて、絶妙なバランス感覚で過ぎていく。 カンヌ映画祭グランプリ受賞。それが頷ける、隙のない凄みのある作品でした。 ハネケ監督の巧さは、たった二本の映画を観ただけでわかります。機微をうがち、心は監督の予測どおりに動いてしまう。 人は欠点を見つけて安心するというけれど、映画に関してはどうだろう。きっと同じ。物語の展開に限りなく違和を感じない監督の映画は好きだけど、完璧すぎる監督は大好きになれない。 この『ピアニスト』は、違和や欠点というものを越えた完璧さがあるように思います。ハネケ監督によって、観る者の反応が予測され撮られているから、ラストで許される反応がごく限られてくるような、そんな感じがします。 素晴らしい。けれど、心からは楽しめない。愛すべき作品はない。そういう映画を撮る方ではないでしょうか。 こういったタイプの作品が好きな方は、きっととことん好きだと思う。   厳しく美しく、才能あるエリカには、しかし性倒錯者であるという秘密がありました。 彼女はマゾヒスト。夜な夜な厳格な母を欺いては街を徘徊して、異常性欲を持て余しているのです。 そこに訪れる運命の出会い。ピアノの才能あるワルター青年は、一目でオールドミスのエリカに惹かれ、彼女もまた、固執するシューベルトを見事に弾きこなす彼に心奪われてゆくのでした。 純粋と倒錯。ふたつの愛。 狂おしいほどに求め合っていながらも歪んだ関係は、エリカのマゾヒズムに関する願望の告白で、脆くも無残に崩れ落ちていってしまうのでした。 純粋だった青年には未来が残されているというのに・・・。エリカにはどん底のうちの悲壮が残るばかり。 ああしていれば、とか、こうしていたならとか、ありがちな後悔では語れない、なるべくして破局していく関係が見事です。 イザベル・ユペールの熟練した熟女の演技は異彩を放ち、それに負けていないワルター役のブノワ・マジメルの存在がまた素晴らしい! 当時26歳くらいでしょうか。若くみえて、適役。しかもいい男。 困惑したり焦ったり憤ったり、エリカに振り回されながらも、彼女を虜にするだけの魅力ある青年役を、とても好演していたと思います。 父親は精神を病み、ずっと昔に亡くなって、以来母親は、異常な愛情をエリカに注いできました。常に監視の目を光らせ、そんな中で生きてきたエリカの心の歪みは、当然のことのよう。 彼女の痛めつけられたい願望は、精神の未熟さからでしょうか。 監視する母を嫌いながら、逃げ出そうとしない。ぬくぬくと守られてしか生きられず、自分を傷つけながらでないと生を謳歌できない。 性器を傷つけるシーンなど『叫びとささやき』を思い出しましたが、女性の性の悲しさを感じる場面でもあります。 中年女性への青年の一途な愛。大好きな『愛に関する短いフィルム』にもありました。滑稽でいてとびきり純粋なこの感情、もしかしたら監督たちの経験したものなのかもしれませんね。 監督・脚本  ミヒャエル・ハネケ 製作  ファイト・ハイドゥシュカ 原作  エルフリーデ・イェリネク 出演  イザベル・ユペール  ブノワ・マジメル  アニー・ジラルド アンナ・シガレヴィッチ  スザンヌ・ロタール  ウド・ザメル (カラー/132分/フランス=オーストリア/LA PIANISTE)

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