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竹輪 の芯

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2007.11.30
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カテゴリ:横浜山手
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山手外国人墓地は、1854(安政元)年ペリー2度目の来航の際、アメリカ東インド艦隊のミシシッピー号乗り組み陸戦隊員ロバート・ウイリアムズ二等水兵が、マストに登って作業中甲板に転落して死亡した。その埋葬(後に下田へ改葬された)が始まりである。

横浜開港とともに来浜して、日本で没した外国人を埋葬するため、1864(元治元)年にイギリス・フランス・アメリカ・オランダの四カ国と徳川幕府との間で結ばれた「横浜居留地覚書十二カ条」の第三条で外国人墓地の設置が決まり、場所は増徳院の上にある土地が指定された。これが現在の中区山手96番地の山手外国人墓地である。

このなかには、日刊英字新聞第1号「ジャパン・ガゼット」を創刊して日本のジャーナリズムの発展にも大きな影響を与えたジョン・レデイ・ブラック、ビール醸造のコープランド、ボーイスカウト創設のグリフィン、わが国の鉄道建設に貢献したエドモンド・モレル、機械製氷のストルンブリンク、絵入りの英字新聞「ジャパンパンチ」を発行したチャールズ・ワーグマンなど、横浜の近代史に深い関わり合いを持った人々が眠っている。その墓碑のひとつひとつを訪ね歩くとき、そこには日本近代史の断面を見ることができる。

外国人墓地の前にある山手資料館は、1909(明治42)年に建てられたもので、市内で現存する唯一の木造西洋館である。墓域の模型が展示されていて、どこに誰の墓があるか一目でわかる。





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Last updated  2007.11.30 13:55:10
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