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カテゴリ:仏教、神話、哲学
日本の思想史なり宗教史なりを研究したりすると、当然ながら日本仏教の思想に触れることと思います。
それらを研究することによって当時の人々の死生観を知ろうとする訳です。 しかし、当時の人々の死生観が素直に反映されていたのかには疑問があります。 仏教はそもそも異形の宗教であったからもてはやされた可能性があると考えます。それは中国から伝わった高度な哲学であったからとか、そういうものではなく、一般庶民とかけ離れた形態を持っていたから受け入れられた可能性があります。 聖と俗の区別というものがあります。 日本にも当然それはありました。 日常生活や身の回りのものは俗としましょう。 では聖とは何か?人の踏み込まない山や森、或いは川や中州。海の果て、空の上、大地の底。そしてあの世です。 身の回りから離れたところに聖かあるのです。 そしてそれらのパワーを身に着ける為に、それらの一部を身に着けたりします。 蘇我蝦夷、蘇我入鹿。 彼らの名前も、高貴な人には似つかわしくない野卑なものです。しかしだからこそそれらの力を得ようとした。 物語の発生についても、イニシエーションや葬礼儀式などが起源であった可能性があります。それが面白おかしく御伽噺になったりして現代に伝わっています。サンタクロースだって、あの世からのマレビトであるとも考えられています。お盆の時期に死者が帰ってくるのと同様に、西洋では冬至に合わせてあの世から帰ってくる人がいると考えられています。彼らにありったけのプレゼントを与えて帰ってもらうというような。 こちら側のグループと、あちら側のグループが存在している訳です。 此岸と彼岸との考え方と同じですね。 仏教は民衆の日常とは異なる特殊なものだった。 遠い国からやって来たというのは、死者の国からやって来たのと同義であり、それ故に尊ばれ、神様の如く扱われた。 そう思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2019年08月09日 19時37分40秒
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