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長戸大幸音楽プロデューサーとMi-Ke

2014年02月12日
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カテゴリ:長戸大幸
このシリーズの第1回目にもご紹介しましたように、音楽プロデューサー長戸大幸さんは1989年に新レーベル[Rhizome(リゾーム)]を立ち上げ、ブルース、R&B、AOR等、大人の為の音楽を制作、発信していきました。そのレーベルから、TUBEを軸にした夏を売りにしたバンド[渚のオールスターズ]に参加していた、近藤房之介さん(Vo.&G)、坪倉唯子さん(Vo.)、栗林誠一郎さん(B.&Vo.)、増崎孝司さん([DIMENSION]のギタリスト)が次々とリリースしていきました。その彼らが母体となって1990年に結成されたのが、B.B.クィーンズです。そのB.B.クィーンズにコーラスで参加したのが、翌91年にシングル「思い出の九十九里浜」でデビューしたMi-Keです。今回は彼女たちがB.B.クイーンズに参加した経緯も含めてご紹介しましょう。

B.B.クィーンズのデビュー曲「おどるポンポコリン」は、フジテレビ系アニメ[ちびまる子ちゃん]のエンディングテーマとして、1990年4月4日に発売されました。しかし、番組自体は同年1月から放送開始しており、アニメ・タイアップ曲としては珍しく3ヵ月経ってからリリースされています。また発売日に向けた当初のCD店に流通させる枚数は8,000枚(当時のCD生産枚数では決して多くはないスタート)でした。しかし予約注文が増えていき発売後には徐々に売上を伸ばし、1990年のオリコンの年間シングル売り上げで1位を記録、同年の日本レコード大賞を受賞し、200万枚近く売り上げました。
90年代はビーイングの長戸プロデュース作品が沢山売れた事によって、CDバブル期を迎えましたが、「おどるポンポコリン」はまさにその起爆剤になりました。

B.B.クィーンズが音楽番組に出演したのも、彼らの音楽を知らしめたきっかけになりました。リリースから3ヵ月後の7月にはCDも非常に売れており、たくさんのテレビ出演オファーがありましたが、当初は全てお断りしていました。坪倉さんの歌をレコーディングの際にテープの回転数を下げて録音し、また戻してMIXする手法を取り入れていた為、音楽番組で歌ってもCD音源のような歌声で再現出来るのか未知数だったからです。しかし長戸プロデューサーは、坪倉さんがカラオケで「おどるポンポコリン」を歌った声を聴いて、テレビ出演のオファーを受ける決意をしました。音楽性を広げる為にキーボード奏者の望月衛介さんが参加してB.B.クィーンズは前述の4人から5人になっていました。さらにコーラスをやる女性を3人加入させる事になり、オーディションを開催し、宇徳敬子さん、村上遥さん、渡辺真美さんが選ばれました。さっそくリハーサルを行いましたが、彼女たちがテレビ出演する際には、手だけ動かして誰でも真似の出来る振り付けでコーラスをしてもらう事になりました。当初の名前は [B.Bクィーンズ シスターズよ]というものでした。彼女達の参加によって音楽番組でも好評になったB.Bクィーンズは、フジテレビ系の[夜のヒットスタジSUPER]やテレビ朝日系[ミュージックステーション]等や、年末の[NHK紅白歌合戦]に出演しました。
ビーイングは元々テレビ出演をしない、と言われていますが、そうではありません。長戸プロデューサーのテレビというメディアに対する方針は、”向いているアーティストは出るチャンスがあれば出るべきで、向いていない人は出ない方が良い。”というものでした。オファーがあってなおかつ必要とあれば出演していたわけで、例えばB'zやTUBEはシングル・リリースのタイミングでは必ず歌番組に出演していましたし、ZARDも7回出演していました。ただし、テレビ番組というのは、同時に1,000万人の人が観ているわけで、失敗は禁物でした。その準備の為に金曜日に生放送の番組に出演する場合は、火曜日から歌入れのレコーディングを中止して喉を温存し、当日も午前中(特に新人の場合)からテレビ局のスタジオに入り、緊張感を保つ事になります。またトークもきちんとやらないとなりません。特に90年代からは歌番組でもトークの出来る人が良く見える時代に突入していました。
宇徳さん、村上さん、渡辺さんはB.B.クィーンズの制作、テレビ出演と同時に、Mi-Keを結成、「想い出の九十九里浜」の制作を進行させました。楽曲は60年代のG.S(グループ・サウンズ)を彷彿とさせる内容でした。60年代半ばから70年代初頭にかけてザ・タイガース(沢田研二さん、岸部一徳さん等)、ザ・スパーダース(かまやつひろしさん、堺正章さん、井上順さん、大野克夫さん、井上尭之さん等)、ザ・テンプターズ(萩原健一さん等)、ザ・サベージ(寺尾聰さん等)等、多くのグループが活躍していました。G.Sは、元々はイギリスのロック・バンドが世界的に流行した波が日本にもやってきて流行ったものでビートルズ等リバプールサウンドと呼ばれているグループや、ロンドンのローリング・ストーンズ、ヤードバーズ(エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ等が在籍)等に影響を受けていました。なので「想い出の九十九里浜」もノスタルジーな雰囲気はありますが、往年の昭和歌謡ではなく、ルーツにはロックがあるのです。
90年のファッション等は既に60年代後半のムーブメントは復活したかのようでしたが、サウンドに関してもプロデューサーから、”作曲は60年代後半のG.Sの良かったメロディを活かす、そして編曲、サウンドは60年代後半のままでは古過ぎるので、90年代のテイストで作るべき。”という指示がありました。ドラムの音色やリズム・パターン、グルーヴ、シンセやギター等全てを90年代の洋楽を意識して制作しました。「想い出の九十九里浜」の歌詞には、G.Sのヒット曲のタイトルが隠されていますので、探してみて下さい。
この曲でMi-Keは91年の日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞、盛んに活動していた93年秋までの2年半の間に11枚のシングルと7枚のオリジナル・アルバムをリリースしています。楽曲はオリジナル作品もありましたが、フォーク・ソング、リバプールサウンド、ロックンロール、60年代初頭のアメリカン・ポップス等、幅広いヒット曲をアルバム毎にカヴァーした内容でした。どれもが往年の楽曲に敬意を表しつつ、90年代のサウンドになっていました。

宇徳さんは94年からはシンガー・ソングライターとして活動していますが、Mi-Keで多くのヒット曲をカヴァーした事は、作曲をする上で大きな財産になっています。プロデューサー曰く”インプットしたものがアウトプットされる。ヒット曲をたくさん知っているものがヒット曲を作曲出来る”。今年開催される[BEING LEGEND Live Tour2012]にB.B.クィーンズ、そしてMi-Keとして全国ツアーに出演します。どんなライヴになるのか、今から楽しみですね。

Being Works  第14回 Mi-Ke
text by Hiroshi Terao





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Last updated  2014年02月12日 13時43分02秒
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