754706 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

サイド自由欄


profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあいと娘3人との5人暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。

カレンダー

バックナンバー

2024/11
2024/10
2024/09
2024/08
2024/07

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2008/04/15
XML
カテゴリ:生活

「ね、松坂大輔投手の球の早さを体験してみない?」



3年くらい前、友だち夫妻と、バッティングセンターに行ったときのこと。
 友だち「夫」が、かるい調子で言ったのだ。
 だから、わたしもかるく答える。
「してみる、してみる」



 飛んでくるボールの早さを目一杯早い目盛りに合わせると、それが、松坂投手の投げる球の早さ(時速150km)になるのだそうだ。
 これが、速い。
 目にもとまらぬ、ということばがあるが、あんまり速くて、ボールなんかなかったことになるほどだった。
 へぼ打者のわたしは、空振りに次ぐ空振りである



「もう一歩前に出て振ってごらんよ」



 友だち「夫」は元高校球児で、強豪早稲田実業高校を破って、あと1勝すれば甲子園、というところまで勝ち進んだ、「時のキャプテン」。言うこと、聞いてみようじゃないの。
 それで、1歩前進。
 ボールが飛んできた。
 グキッ。
 にぶい音。
 バットを握る右手親指にボールが当たったのだ。痛い、というより、親指の芯がじぃぃぃぃぃぃぃぃぃんとする。
 素人のおばちゃん打者が、松坂投手の豪速球に手を出そうとすることが、まちがいだったみたいだ。
 それから10日あまりは、親指が腫れて、右手がつかいものにならなかった。まわりの誰もが、まったく同情してくれなかったことは、言うまでもない。



 以来、ボールやバットから、ちと遠ざかることになったが、さきごろ、ボールとの再会をはたす。
「久しぶりだね」
「無沙汰は、互い」
 このボールは、深夜、夫とわたしの寝室に投げこまれる。
「寝ているところにボールが投げこまれるなんて話、聞いたことないぞ」
 と夫は、ぐずぐず言っている。
「聞いたことのない話でもなんでも、うちには投げ込まれるのよ」



 どういうことかって?
 よくぞ聞いてくだされた。
 社会人になった長女は週日のほとんど、また、アルバイトに励む次女も、週のうち2回は、うんと帰宅がおそくなる。終電になることも少なくない。自分で決めた仕事なのだし、そこはそれ、「がんばりなさいよ」という話だが、心配なことにはかわりない。
 帰ってくるまでは、まんじりともできない。
 というのはうそで、早いときは九時、おそくも十時にはふとんに入って、ちょっと本を読んだかと思うと、たちまち眠ってしまうというのが、わたしだ。心配でもなんでも眠ってしまい、夜半過ぎ、はっと目がさめる。
「あの子たち、帰ってきてるかしら」
 そうして、眠い目をこすり、半分寝ているからだをひきずって、子どもらの部屋のある3階まで行き、そっとそれぞれの部屋をうかがう。すでに寝息をたてているのをたしかめて、やっと安心するというわけなのだ。
 3階までのぼっていくあいだに、心身ともに目覚めてしまう。ここで起きてしまうのは、いかにも早すぎるし、ふたたび眠るのには手間がかかる。なんとも中途半端なことである。夜半過ぎの困惑……だ。
 そこで思いついたのが、ボールだった。
 帰りが深夜になるときには、寝室——猫の「いちご」が出入りするので、扉は軽くしめてあるだけ——の、アタシが寝ているあたりに、ボールを投げてちょうだい。そうすれば、ふとめざめたとき、起き上がらずにアナタたちの帰宅をたしかめられるからね。ボールにイニシャルを書いておいたからね、ちゃんと投げてね。



 投げる力がつよ過ぎて、ボールの勢いに目覚めさせられたり。顔に当たって「ぎょっ」としたり。
 しかし、いまでは、投げるほうも投げられるほうも慣れて、具合がいい。夜中、自分がかけている茶色の掛け布団カヴァの上に、黄色いのと黄緑のと、2つのボールがころがっているのを見ると、心からほっとする。



 サインは、「豪速球はやめてね」である。



Photo



このボールが、わたしの安心のしるし。





Photo_2



こうして、やすむ前に、寝室の扉のノブにかけておきます。







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2008/04/15 10:00:00 AM
コメント(20) | コメントを書く


© Rakuten Group, Inc.