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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあいと娘3人との5人暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。

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2009/07/14
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カテゴリ:生活

 ——きょうは、いい日だった。たのしかった。



 その日のおわりに、気がつくとそうつぶやいていた。云ってしまってから、はっとする。たのしいは、不謹慎だったかもしれない、と。



 しかし、ちょっと考えて、やはりたのしかった、と思った。



 ——きょうは、いい日でした。たのしかった。伯母さま、どうもありがとうございます。







 夫の母の姉さん、つまり伯母が、88歳で亡くなった。



 5人きょうだいの末っ子の母は、これでひとりになってしまった。母はさいごの10か月間、ひとり暮らしだった姉さんの介護に通いつづけた、1 日も休まず。自分で車を運転して出かけていく姿を、わたしも何度か見ている。そういう生活がどのくらいつづくだろうとは、ちっとも考えなかったなあと、あとから思い返している。



 それはわたしが呑気だからでもあるけれど、母があたりまえの顔をしていた、ということが、やはり大きい。ため息なんかはつかなかった。父も、母が介護に通う分、家のことをして「あと片づけがうまくなってしまった」などと云って笑っている。



 伯母がとつぜん逝ったという知らせを受けて、わたしは、母の顔を見なくちゃ、と思った。泣き言は云わないのに決まっているから、顔を見たかった。顔を見れば、どんなにさびしがっているか、どんなにくたびれたか、どんなふうな感慨におそわれているか、ちょっとはわかるだろうから。そう思いながら、わたしは母を、ほんとうに好きなんだなあと思い知って、かすかに驚く。思えば、これが1ばんめの「たのしかった」だったのかもしれない。



 夫婦で葬儀に参列してみると、わたしには初めての顔も少なからずあったが、窮屈なことも煙たさもなく、云い塩梅(あんばい)の居場所がある。わたしの居場所……。それは、父と母がわたしのいないところでつくってくれたものだった。



 葬儀はこじんまりとしたものだったし、型通りと云えばそういうことになる。しかし、どこかにそよぐものがあった。そよぐとは、そよそよと音をたてることをさすが、漢字で書くと「戦ぐ」となる。英語だと「tremble」。身震いしたり、戦(おのの)く感じ、気を揉むという意味もある単語だ。わたしは、そよ風の心地よさを云いたいのだけれど、なるほど、吹かせるもの意志や意図あっての風だったのかもしれない。伯母の意。伯母の風。



 その風は、わたしに居場所をつくり、その場の何かとつなげた。死は、生と生をつなぐもの、なのだろうか。







 もうひとつ、葬儀の最中におもしろいことがあった。これをおもしろいと呼ぶのは、またしても不謹慎かもしれないのだけれど、わたしにはおもしろくてならなかった。



 親戚を代表して、伯母の妹である母のつれあい、つまり父が、挨拶をしたときのこと。伯母が戦争未亡人であったこと、一人子(ひとりご)を病気で失ったことを父が、「いくつかの悲運にめぐまれて」と云った。これは、父にはめずらし云い違いであって、おそらく「いくつかの悲運にみまわれて」と云うところだったのだろう。が、この云い違いが、何故だろう、不思議なほど胸にのこった。幸運と、悲運と分けて考えるのは人間だけで——めぐまれるか、みまわれるかと分けることも、また——ほんとはどちらもただ、与えられるものなのだ。そのことが、すとんと、胸におさまった。



 伯母は、与えられた運命にもめげず、若いころしていた洋裁の勉強に、さらなる勉強をかさねて、腕に職をもったのだった。その腕は、自らの身を助けたばかりでなく、まわりを長く楽しませつづけたのである。





Photo



そよぐもの、そよぐもの、と探して、
この風景に出合いました。
ちょっと涼し気で、凛としていて。















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最終更新日  2009/07/14 10:00:00 AM
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