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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあいと娘3人との5人暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。

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2010/05/25
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カテゴリ:生活

 箒目(ほうきめ)が立っていてね、そのすがすがしいことと云ったら、という話を聞いていたので、香川県高松市に行った折りにはきっと出かけようと決めていた。
 1日3回、決まった数のひとを案内することになっており、見学と見学のあいだには、そこのひとたちがていねいに箒目を立てるという話だった。出かける前に、往復はがきで申しこみをしておくというのにも、惹かれた。
 それほどの念の入れようなら、さぞすごいものを見せてくれるのだろう、とは、多く現代(いま)の心の模様である。けれどわたしには、箒目の値打ちも、往復はがきのも、慕わしい。どちらも、時間と手間のかかることをあらわしていて、どうにもなつかしく、愉快なのだ。



 高松市内からタクシーに乗りこみ、牟礼(むれ)という、四国のかたちの北東あたりの、こちゃこちゃと入りくんだあたりをめざしてもらう。「『イサムノグチ庭園美術館』(※)ですか。聞いたことはあります。だいじょうぶ、行けるでしょう」と、若い運転手の心もとない返事にもかかわらず、20分ほどで到着した。
 そう、目的の箒目は、「イサムノグチ庭園美術館(The Isamu Noguchi Garden Museum Japan)」にある。地図で見ると、少し行けば海だが、あたりは山の気配に包まれ、緑が際立っている。
 少し手前で車を降り、受付に向かって歩きながら、20年前、「イサムノグチ」がイスラエル美術館のために設計した「ビリー・ローズ彫刻庭園」を訪ねたときのことを思いだしていた。
 当時、荒野に現代アートはなんて似合うんだろう、と感心したのをおぼえている。「わたしは、『イサムノグチ』も、荒野も、大好きだ」
 あのとき見えなかったものを見、あのときとは異なる感懐を、わたしは抱けるだろうか。



 さて、「イサムノグチ庭園美術館」の受付で、お百姓がかぶるようなつば広の麦わら帽子を貸してもらい、時間がくるまでじっと待つ。呼ばれたので、しずしずと歩きだす。
 なるほど、地面の細かい土には、竹箒で掃いたあとが、そろってのびている。箒目の大事なことが、そっと伝わる。そっとである。
 作業蔵。屋外展示。展示蔵。「イサムノグチの家」。彫刻庭園。見たところは、なにもかもさりげなくて、こちらに準備がなければ、そのなにもかもを見逃してしまいそうな佇まいだ。
 そうでありながら、圧倒的なものが寄せてくる。
 箒目も、石も、彫刻作品も、そこにあるすべてのもの、空間も、風も、木木も、すべてがふさわしくそこにある。



 ふと、自分を思いだした。
 ああ、そうだった、と思った。



 暮らしに直結のわたしは、箒目の上をそっと静かに歩きまわりながら、10日あまり前にした自分の衣更のことを思っていた。本来、自分がこうと決めていたのでないものが、いくつも混ざっている。あれも、ちがう。これも、ちがう。
 ふさわしいというのは、自分のことでもあり、相手(この場合は、モノ)のことでもあるのだった。そして自分と相手の話になる。



 悔やむ気持ちをひろげながら、胸のなかはすっきりとしている。思いだし、取り戻せそうな気がした。



※ イサムノグチ(1904ロサンゼルス – 1988ニューヨーク)
英文学者で詩人の野口米次郎と、作家レオニー・ギルモアとのあいだに生まれ、少年期は日本で育つ。渡米して彫刻家を志し、アジア、ヨーロッパを旅して学んだ。パリで彫刻家ブランクーシの助手をつとめる。ニューヨークに居をさだめ、肖像彫刻、舞台美術をへて、環境彫刻やランドスケープ・デザインにまで幅広い活動を開始。戦後は日本でも陶器作品や、和紙を使った「あかり」のデザインなどを行う。(「イサムノグチ庭園美術館」リーフレットより抜粋)

20100525





「イサムノグチ庭園美術館」では、撮影ができません。
あとから思いだし、思いだし、屋外展示のなかの「ひとつ」を
描いてみました。
石というものを、初めて見たような心持ちになりました。
向きあって、しばらくそのままでいました。

玄関口から覗いた「イサムノグチ」の家(丸亀の豪商の屋敷をうつした
住居)にも、衝撃を受けました。
余計なもののひとつもないその様子が、目に焼きついています。

          *

〈本のなかの暮らし 5〉は、次週に。







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最終更新日  2010/05/25 10:00:00 AM
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