古語辞典 -3-
書店の古語辞典の中に、白川静先生の「字訓」を見つけたとき、私は意外な気持がしました。古語辞典というより、語源辞典に近いもの、というふうに捉えていたからです。調べてみましたが、集載されている言葉は上代までですから「あさまし」などは、やはりありませんでした。 実は私は白川静先生の有名な三部作、字通・字統・字訓を99年に購入していたのです。 三冊合わせて35,000円ほどしたのですが、ちょうどその頃、勉強会用に訳した中医学の書物を、ありがたいことに買ってくださった団体があり、そのお金の一部で「三部作」を買うことができたのです。 90代で亡くなられた白川先生は、関西のある大学で研究を続けていらっしゃいましたが、古代の文字を解読するときにはその文字をなぞりながら、書いた人がこの文字にどんな思いを込めたのかを考える...というようなことをおっしゃっておいででした。私はそこに学問の本質のようなものを感じて、いたく感動したことを思い出します。学問はあくまで人間の実存、もっと平たく言うならば生業を出発点としている、という先生の姿勢に僭越ながら共感し、心打たれました。 私は中国語の専門書を訳しながら、独学で中医学を勉強してきましたが、それは「本当のことを知りたい」という切実な思いがあったためで、「この言葉は、どんな意味なのだろう」と、わくわくしながら数々の辞書を引きました。 私は理系出身ではありますが、地面に這いつくばり文字を一つひとつ丹念に拾いながら、匍匐前進するような研究姿勢には、理系も文系も違いはないと感じています。