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田中およよNo2の「なんだかなー」日記

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2007年04月22日
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カテゴリ:硬派
村上春樹さんについてはこんな意見も多い。

「長編作家ではない。むしろ、短編の名手とみるべきだ」と。

アメリカの文芸誌のニューヨーカーの編集者の一人もそんな風に言っていた。
僕の親しい友人も同じ意見を持っている。

「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」「ノルウェイの森」はスゴイ小説だと考えている僕はこの意見に反対…
したいところなんだけど…
あたってるかなあって気もする。

実際に村上春樹さんは短編が凄く上手い。
名手といってもいいだろう。

また、長編もロマン・ロランとか、トルストイみたいに少ない人物を長くに追い回すといった作りこみ方をしない。
村上春樹さんの長編は、短編小説のマテリアルやフラグメンツをいっぱい放り込んだ挿話の多い長編小説である。

さて、その村上春樹さんの数多い短編小説の中から本日取り上げるのは「タイランド」(「神の子どもたちはみな踊る」収録)である。

なぜ、「タイランド」かというと、この小説が一番、村上春樹さんが短編小説の技術の粋を使って作りこんだ作品のように思うからだ。
どちらかとういうと、玄人好みの作品であり、最高傑作であると思う。
この点では僕と友人の意見は一致している。

じゃあ、一番ファンの多い短編かというと、そうじゃないとも、思う。
きっと、短編集「神の子どもたちはみな踊る」の中での「タイランド」の人気は「かえるくん、東京を救う」や「蜂蜜パイ」には劣るような気がする。
第一、好みで言えば僕は「めくらやなぎと眠る女」(「螢・納屋を焼く・その他の短編」収録)のほうが好きだ。

でも、この二つの人気がある短編は村上春樹さんだったら、書けて当たり前の小説であるともいえる。
特に「かえるくん、東京を救う」はかえるくんという存在が、村上春樹さんの頭にポンって浮んだ瞬間に勝負がついているようなものだ。
あとは、かえるくんが自在に物語で動いていけばいいのだ。
そういう点で、「かえるくん、東京を救う」は物語の引力に任せた小説と言っていいだろう。
どんな結末になるのかなって、作者も物語にまかせて、ひょいとなげるように書いた小説に見える。

でも、「タイランド」は違う。
これは作者が技術の粋を尽くして作り上げた小説だ。
徹頭徹尾、作者がコントロールしている。
始まりと、途中と、結末が、きっと、書く前から作者の頭にがっちりをあったに違いない。
ここが素晴らしい点でもあるのだが、それがちっともいやらしくない。
また、無駄もない。
一件、無駄と思われるウンチク話が、実は、主人公であるさつきをココロや夢の世界に引きずり込ませる伏線になっている。

ここで、この小説のおおかたのあらすじを紹介しておこう。

研究医であるさつきが、タイでの休暇の旅行でニミットと不思議な老婆と体面し、おそらくは堕胎した事実や、その息子の相手が生きている事実を受け入れる話である。

さて、まず、この小説のポイントは「おそらくは」である。
ストレートには書いてないけれども、強い調子でほのめかしいている。
おそらくその堕胎のためにさつきは子どもを産めない体になっていたのだろう。
だから、彼女のアメリカという土地での結婚も上手くはいかなかった大きな理由にもなっている。
この堕胎とかの事実は小説では強く隠されている。
だからこそ、浮かび上がりもする。

隠すことで強く表現するってのを、広告手法で「ティザー」っていうようだけども、村上春樹氏は他の短編小説でもこの手法をかなり使っている。
例えば初期の作品「午後の最後の芝生」(「象の消滅」収録)でも使われている。
「午後の最後の芝生」もとてもいい短編なんだけども、ちょっとやりすぎというか、肩に力が入っている気がする。
風景描写の量がやたらめったら多い。
いささか隠しすぎている。
だから、印象としてはあざとくなっている。

だけども、「タイランド」ではそんなあざとさはない。
きわめて、ナチュラルに過不足なく隠されている。
そして、その隠されているものの噴出の具合もコキコキとした不自然さはない。

この「午後の最後の芝生」と「タイランド」の距離を測ってみると、村上春樹さんという作家が純粋に、テクニックの面で向上を続けられたというのが、わかる。
素人の僕が言うのもなんだけれども。

さて、テクニックの問題でさらに一つ書くと、オープニングと、クロージングの部分も上げられる。
これはどちらも飛行機の機内である。
始まりと終りのシーンに共通の場面ににすると文章のすわりは凄くよくなる。
登場人物の心境の変化のコントラストもつけやすい。
逆にプロの作家がこれをやると、やっぱり、あざとく感じる。
おいおい、プロがそんなもの使うなよって、僕は言いたくなる。

でもね、この「タイランド」ではそうは思わない。
ベストの選択肢だろう。
確たる理由は三つ。

まずは、やっぱり、小説の入りのシーンでは理屈っぽいさつきが、終りではただ、眠りを待つという原初的な人間の営みに体を任せているコントラストが一番表現できること。

次に、最後の機内のシーンの前の北極熊の挿話が極めて印象が強いこと。
この挿話で終わるのもアリだけど、あまりにも座りが悪すぎる。

三点目は、最後は飛行機で始まって、終わることで、さつきにとってのタイランドはあくまで休暇であり、特別の時間だったってこと。
彼女の日常はタイランドではなく、飛行機が出発した、あるいはこれからある着陸する場所にあるのだというのがわかること。
言い換えれば、このタイランドでの彼女の特殊性が浮き上がること。
そりゃ、途中の象の描写だけでタイであることは表現できる。
でも、さつきにはタイは運命のトランジットの場所であるってことは、移動している飛行機の描写があったほうが効果的だったのだろう。

…では、「中編」へ。

※もっと、「なんだかなー」なら『目次・◎村上春樹さん』まで





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最終更新日  2007年04月22日 16時40分20秒
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