ぱんだハウス☆魔法と感動の子育て

私は捨て子だと思っていた

母の手料理のたけのこ料理がクール宅配便で届いた。

しばらく前 母の料理がとても食べたくなって

リクエストしたもの。

日頃一切甘えない私が

ちょっと甘えてみた。

いくつになっても母の手料理が

何よりもいちばん美味しく感じる。


弟も妹も未だに実家に住んでいる。

いつも母の手料理が食べれるからちょっと羨ましいな。



たけのこの煮物、たけのこごはん、ぜんまい、ふきの煮物

そして昆布でしめたお刺身、、、

チルド室で保存。

今夜はごちそう(o^-^o)



さっそく少しつまみ食いしちゃった、、♪

食べながら子どもの頃の記憶がよみがえってきた、、



子どもの頃 母は出来合いのものを一切買わず

すべて手作りだった。

いちばんのお気に入りはコロッケ。



父は天ぷら等になると

活躍してキッチンに立った。

春は たらの芽などを山で採ってきて

揚げたてを食べた。






ふわふわのパンが出来上がるのを待って

焼きたてのチョコ入りパンを食べるのが楽しみだった。

パンの焼きあがる香りに誘われて

二階から走って降りた記憶、、が懐かしい。


私はキッチンでよくつまみぐいをして

母に叱られた。

「頭の黒いねずみがいて困る」と言われた 笑




父は公務員で3人の子育ては本当にやっとで

母はいつも家計簿とにらめっこして

きりつめていた。



でも 私は一度も両親が喧嘩したのを見たことがない。

小さなしあわせをいつも二人で数えている

そんな両親を誇りに思う。

生まれ変わっても二人は一緒になりたいらしい。




我が家では新聞は父が読んでから子どもたちは

読んでよいものとされ

なので今でも実家に帰ると

新聞を手にとってまず無意識に父に渡す。

父はそんなことこれっぽっちも気にはしていないけれど

どうも習慣づいてるようで未だにやめられない。



父の料理はいつも一品多く

そして母はどんなに父が遅く帰ってきても

未だに父が帰るまでは 子どもたちが先に食べても

食べないで待っている。



「今から山へ行くぞ」

「パパ仕事終わったら海へ行くから準備しとけ!」

「スキーに行くからご飯食べて準備しなさい!」

「京都に行こう」



両親と一緒にたくさん色んなところに連れてってもらった。

「あんなに連れててあげたのに覚えてないのか?」と

よく小さな頃 信じられないという顔をして父に言われた。

たくさん連れてってもらったようだけれど

あまり多くは覚えていない。



それとも恩着せがましく父に言われて

「連れてってもらった」とそう思い込んでいるのか?



覚えているものは 全部車での移動。

幼い頃 北陸から九州まで父の運転で行った記憶もある。

いつも車に揺られて 

よく車の中で眠った記憶がある。

起きたら現地についてるのだ 笑



私が週末になるとどこかにももを連れて行きたくなるのは

どうも幼い頃の両親の影響があるようだ。

記憶はそうなくても 潜在意識がしっかり覚えているのだろう。




私は両親にとって初めての子だったので

厳しくしつけられた。

子どもの頃 厳しすぎて

ゼッタイに捨て子だったんだと思いこんでいた。

叔母に私は箸の下に本当は捨てられていたのではないか?

教えて欲しいと思い切って聞いた記憶がある。

叔母ならば知っていると思ったからだ 爆笑


両親に叱られるということは本当に怖いことだった。

裏庭の納屋に入れて鍵をかけられた記憶もある。




私はどうにか開けることができても

そのまま怖くて中で反省していたけれど

弟は平気で出て行って遊びに行き

妹は屋根をよじ登り2階の部屋へ帰った。



同じ親に育っても子どもは本当に違ってくる。

現在 そのままの性格を引き継いでいるかも、、笑



幼い頃

私は両親に

「パパとママとどっちがすき?」と笑顔で聞かれた。

私はとても困って悲しくて

涙をぽろぽろ流した。

でもその理由をそこでは決して言うことができなかった。




それは

どっちも大好きなのに

くらべようもないのに

どうしてそんなひどいことを聞くのだろうと思ったから。

残酷だとさえ感じた。

パパとママはどこかにいってしまうの?

そこまで考えたりした。


いちばん聞かれると困る質問だった。


大人は子どもの気持ちを全く考えないで

ついつい興味本位で子どもに聞いたりするけれど

子どもは以外にも傷ついたり

本当の気持ちを言えなかったりする。

子どもは無条件で親が大好きだから

愛情を計ることが大人のようにできないのだろう。



そんなことを両親に笑って言えるようになったのは

つい最近のことだ。



そうそう

どうして私に厳しかったのかという両親の答えは

初めての子でわからなかったからだとか。

ただ一生懸命だったと。

両親もわからなかったらしい~(そ、、そんな~汗)



そして弟は身体が弱くて心配して

妹は年が8つも離れて生まれて 

その頃は子育てにもなれて余裕があったらしい。



親は子どもによって親にしてもらうのだ。

それにしても捨て子と思っていた理由が

わからなかったからだなんて、、気が抜けた。




たけのこからここまで話がつながるとは

自分でも驚いた、、笑

想い出を胸に、、

イタダキマ~ス (o^-^o)

みなさんにもおすそわけ♪

はい♪( '∇^*)^☆


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