カテゴリ:金スマ
渡部陽一さん、テレビに引っ張りだこですね~♪
あのゆっくりとしたしゃべり方、常に持ち歩いてるカメラ、常にかぶっているあの帽子…、すべてが魅力になってる感じのお方です。
戦場カメラマンの渡部陽一さんのこれまでの半生を先日、
「金スマ」が「金スマ波瀾万丈」のコーナーで二週に渡って取り上げていたので見てみました。
いや~、渡部陽一さんに関しては疑問なことがひとつあったんです…。
それは、
戦場カメラマン・渡部陽一さんがテレビに出るようになったきっかけって何!?
ってことでした。
私はさほどテレビを見る方ではないのですが、新聞のテレビ欄はよく見ます(笑)。
そこで数ヶ月前からやたらと目にするようになった、
渡部陽一
戦場カメラマン
という2つのワード…。
この人は誰? 渡部陽一さんって何者?
なんて思ってるうちに、あれよあれよという間に、どの番組でも渡部陽一さんをお見かけするようになり、
それこそ、渡部陽一さんをテレビで見ない日はないといっていいくらい、頻繁にテレビでお見かけするようになりました。
そこで次に思ったのが先ほど書いた疑問…、
戦場カメラマンでありながらこの露出度はなに…? 渡部陽一さんがテレビに出るようになったきっかけって何!?
ということです。
今月11月19日に放送された「金スマ 波瀾万丈 渡部陽一 後編」では、 そこら辺について紹介されていましたのでご紹介♪
渡部陽一さんがテレビに出るようになったきっかけは、 2009年の年末、TBSにて、 “様々な職業の方の裏の法則”を報告する番組、
「1億3000万人の法則」
というのがあったらしいのですが、その中で、
“戦場カメラマンが見つけた法則”というのを渡部陽一さんが出演して紹介したそうです。
ちなみにその法則とは、その前の週の金スマでも紹介していた、
「遺書を書くと無事に戻れる」というジンクスです。
当時のディレクターである井手比佐士氏はその当時のことについて渡部陽一さんの印象をこう語っておられました。
「あのまんまの格好でTBSにやってきたんで、俺もADも笑いをこらえるのが必死で、この人面白いな、と。喋り方もゆっくりだし」
その後、
「笑撃ワンフレーズ」という番組の会議で真似しているうち盛り上がってきて、 番組に出てもらうぜ、というノリになったそうです。
しかし、
渡部陽一さんにはこういうバラエティ番組へ出ることに対する戸惑いと葛藤があったそうです。
「夜のバラエティ番組に出ていいのか」 「ジャーナリストはニュースの中で報告をしていくことが本来の立ち位置である」
そこで、戦場カメラマンとしてのいろはを教えてくれた先生であり恩師の、 山本皓一氏に相談をしたそうです。
そこで自分の原点をもう一度再確認させてもらったそうです。
渡部陽一さんの原点とは、
戦地の様子を伝えることが目的
これが目的なのだから、そこで伝えることも良いのではないか…とアドバイスを受けたそうです。
そして、
一回挑戦してダメだったら戻ってくれば良い
そんな温かな言葉が背中を押ししてくれたおかげで決意を固めることが出来たそうです。
少しでも多くの人に自分が体験した戦場の現実を知ってもらう
これがバラエティ番組へ出る理由だそうです。
渡部陽一さんは、ご自分でどこまで気が付かれてるかわかりませんが、
きっと大きな使命を任されてる人のような気がします…。
戦場カメラマンというお仕事は大変危険が伴うお仕事だとは思いますが、 これからも無事にお仕事が続けられることをお祈りしております…!
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最終更新日
2012年04月08日 05時44分03秒
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