近すぎる距離
家に帰った荒沢を待っているのは、忙しい母親が残しておいてくれた手料理だ。「食べなきゃ・・・」いつもそうは思うのだが、食べることを考えただけで気分が悪くなる。無理して食べた日には、少量であるにもかかわらず、必ず吐いてしまう。父親より一足先に帰ってくる母親は、「イクちゃん、今日は学校どうだった?」といつもどおり聞く。「うん・・・」はきはきと答えられなくなったのはいつごろからだろうか。荒沢にはもうわからない。でも、母は異常にもう長いこと気づいている。邦実が、学校から帰ってきてからあまり話さなくなったのが中学校2年生の終わりごろから、ということも把握している。そのころは、特別気にすることもないと思ってゆったり構えていたが、異変に気づきだしたのは高校生活が始まったころからだった。どうも、様子がおかしい。周りのことをあまり気にしないはずの子だったのに、気づくと朝、鏡の前でもたもたしていることが多くなった。学校から帰ってきたときの気分の浮き沈みも激しくなっているようだった。折に触れて、母親は何でも相談しろ、と言ってきているし、毎日一回は「何かあった?」と聞く。でも、邦実は潤んだ目で母親をみつめるばかりで、口からは何も出てこない。言いたいことがあるのは、わかっている。それがどんなにくだらなく思えることでも、まじめに受け止める覚悟もできている。でも、邦実には、まだ何かを言い出せるほど、気持ちがまとまっていない。こんなとき、待つ以外にどうしたらいいのか、母親にはわからなかった。―――――――――これは、フィクションです。よろしかったら、ぷちっと応援よろしく。