531466 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

Freccia  Celeste

Freccia Celeste

混沌の使い魔 第2話

 いつの間にか寝ていたようで、朝日で目が覚める。朝日と言っても、もうそれなりに日は昇っているようで、いつもに比べると随分と長く寝ていたのが分かる。警戒しなくていい、ただそれだけのことだが、それだけでいつもよりも深く眠れた。起きて清々しいなどと感じることができたのも何時以来のことだろうか。

 ここは本当に今までの世界とは違う。ここで静かに暮らすのも良いかもしれない、そんな考えも自然と浮かんでくる。ただ、同時に本当にそれでいいのかとも思う。何に対してだかもよく分からないが、罪悪感のようなものを感じる。自分だけが生き残ったことか、自分の行動の結果か、何にしても今更としか言いようがないことだが、素直に受け入れられない。



「……洗濯をするように言われていたな。」

 昨日言われたことを思い出す。家事など進んでやりたいとは思わないが、何時までも答えの出ないようなことを考えていても仕方がない。それに、何もやることがないよりはずっといい。



 昨日の夜来た道を通ってルイズの部屋に向かう。いちいち立派な建物だが、まだ早いせいか人には会わなかった。

  コンコン

 まだ起きているような気配はないが、一応ノックはしておく。男の前で着替えるのも平気とはいえ、曲がりなりにも女の子の部屋。流石にノックも無しに入るのは気が引ける。

「…………」

 予想通りだが返事はない。

 ガチャ

「入るぞ」

 この部屋の主は、と探せばまだベッドの中。実に幸せそうに寝ている。わりとベタな寝言を言っているあたり、もしかしたら起きているのかと思わなくもないが、わざわざ寝た振りなんてする必要もないだろう。

 とりあえず目的の洗濯物は、と見れば昨日のまま無造作に置かれている。デザインだとか、着けていた人間だとか他にも理由はあるかもしれないが、こうも無造作に置かれていると色気も何もあったものではない。

「そういえば……」
 
 ふと気付く。洗濯はどうするんだろうか。まさか洗濯機なんてものはないだろう。歩きながら観察していたが、電気はおろか、水道も整備されている様子はなかった。文化的なレベルからしても、近代以前のレベルにしか見えない。とすると、手洗い、せいぜい洗濯板といったところだろうか。

――まあ、いつも通りか。

 ボルテクス界には洗濯機なんてものはなかった。探せばあったかもしれないが、まさか持ち歩くわけにもいかない。当然、洗濯は手洗いになる。仲魔にそんなことをさせるのも気が引けて、洗濯は自分でやっていた。

 どちらにしても水場だかがどこにあるのかは聞かないといけないが

「ああ……もうたべられないわ~~……ムニャ。」

 こんなに幸せそうに寝ている相手を起こすというのは気が引ける。それに、この学院程度の広さなら自分で回っても問題ない。

「洗濯に行ってくる。」
返事がないのは分かっているが、一応言って部屋を後にする。

 水場だが、水道がないのなら多分外だろう。洗濯物を干すといったことを考えれば、大体の場所の予想はつく。




◇◆◇



「……ないな。」

 予想をつけたあたりに来てみたのだが、どうやら当てが外れたようだ。が、とりあえず人はいる。おあつらえ向きに、格好からするとメイドだ。洗濯について聞く相手にはちょうど良い。

「ちょっといいか?」

「あ、は……い?」

 黒髪の、少しそばかすのある少女だ。素朴ながら、笑顔とあいまってかなり魅力的だと思う。もっとも、その笑顔もすぐに曇ってしまったが。様子や視線から大体の理由は分かる。

「怪しくない、とは言わないが、そんなに警戒しないでくれ。別に何かしようというわけじゃないから。」

 言っていて逆に怪しいと思わなくもないが、他に思いつかないのだから仕方ない。

「……じゃあ、その手に持っているのは?」

 警戒心は全く変わらないようで、そうおずおずと尋ねてくる。視線の先に目をやれば

「……パンツだな。」

 しかも女物の。言うと同時に大声で

「だ、誰か来『!!』」

  ガシッ

 ……思わず羽交い絞めにして口を押さえてしまったが、どうするべきか

「……騒がないでくれ。本当に何もしないから。」

 そうは言ってみるが、どう考えても説得力がない。少女もただ涙目でコクコクと頷くばかりだ。

「何から言うべきか、――とりあえず、俺はシキという名で、昨日ルイズって子に使い魔ということで呼び出されたんだ。」

 少女は変わらずひたすら頷くばかりだ。心持ち、さっきよりも怯えている様な気もする。とはいえ離すわけにもいかない。

「それで、洗濯をするように言われたんだが、水場が分からないから聞こうと思って声をかけたんだ。 分かってくれたか?」

 本当に分かってくれているのか分からないが、頷いている以上、手を離さないわけにはいかない。

 手を離すと、こちらを警戒するようにしばらく見ていたが、とりあえずは何もしないと分かってくれたようで、すぐに会話ができた。

「……あの、すみません。その、変わった格好なので驚いてしまって……。」

「いや、こちらこそすまない。脅かすつもりはなかったんだが、自分の格好を忘れていたんだ。」

「あ、ご自分でも変だって分かっているんですね。」

 笑顔で言うが、割と良い性格をしているようだ。遠慮がない。

「……まあ、好きでしていたわけじゃなくて、気付いたらこの姿になっていたんだ。」

「……もしかして、貴族の方が何か魔法を?」

 そう何かに恐れるように尋ねてくる。ルイズもそうだったが、よく表情の変わる子だ。

「貴族、かもしれない。魔法とは少し違うかもしれないが。」

 確かに貴族といえば、貴族かもしれない。少なくとも坊ちゃんとは呼ばれていたのだから。

「まあ、ひどい……。そんな怪しい姿に。」

 口元に手を当て、本当に同情しているようだが、それ以上に本当に良い性格をしている。本人を前にそうはっきりと言えるというのはたいしたものだ。

「それで、洗濯ができる場所を聞きたいんだが。」

 いくら変だと分かっていても、流石に何度も言われると傷つく。これ以上言われる前に本題に戻す。

「あ、洗濯の場所ですね。私も行きますからご案内しますよ。」

「すまない。何かできることがあれば言ってくれ。できる限りのことはする。」

「いえ、気にしないでください。変だって言ったお詫びです。」

 そう何の邪気もない笑顔で言う。ただ、お詫びという自覚があるあたり、いい性格をしているというのは間違いないようだ。



 洗濯場には先客がいて、大抵がこのシェスタという子と同じような反応をしたが

「この人は貴族にこんな怪しい姿にされたんだそうです。」
との彼女の言葉で、同情心が多分に含まれていたようだが、何とか受け入れてくれた。ただ、もう少し言い方というものがあっていいと思うのだが。




◇◆◇




「どこに行っていたの?」

 部屋に行くと、てっきり朝食を摂りに行っているかと思っていたのだが、まだ残っていたようだ。見つけるとそう言ってきた。寝起きだからかもしれないが不機嫌そうに見える。

「洗濯をしていたんだ。」

「……そう。ちゃんと仕事をしていたのはいいけれど、主人を起こして、身支度を整えるのも仕事よ。明日からはそのことも覚えておいて。」

 少しは不機嫌さが和らいだように見える。

「ああ、分かった。ところで、朝食は摂ったのか?」

 今は朝食の時間のはずだ。

「使い魔を放って置くわけにはいかないもの。今更行ったって授業に間に合わなくなるし、今日は諦めるわ。」

「……すまない。」

「いいわ。あんただって食事抜きだもの。一食ぐらい構わないわ。」

 わがままな子供だと思っていたが、多少は大人の部分もあったようだ。ただ、そう笑顔で言ってくれるのはいいが



――悪い。賄いを分けてもらったんだ。




◇◆◇




 早めに教室に来ることになったのだが、大学の講義室のような部屋でなかなか立派なものだ。魔法に関するもののデザインは大抵変わっていると思っていたのだが、案外まともなようだ。

 早めに来たので他の生徒はいなかったのだが、時間が経つにつれて他の生徒もやってきた。入ってくる度にこちらをチラチラと見てきて、あまり居心地は良くない。例外はキュルケとか言う少女で、ルイズとは悪友といった関係のようだ。すぐに言い争いを始めたが、まさに喧嘩するほど仲が良いという風に見える。

 そのキュルケという子は、一言で言うのならサキュバスのような子だ。周りを男が囲んでいる辺り間違っていないだろう。あと胸が大きい。キュルケが胸を張ると、負けじとルイズも胸を張るので尚更その差が際立つ。ルイズの胸を張るという仕草は、多分胸に対するコンプレックスの表れなんだろうが、見ていて悲しいと指摘してあげるのが優しさか、それともあえて触れないのが優しさなのか迷う。

「ねえ。」

 そうキュルケとルイズのやり取りを観察していたら、本人に話しかけられた。

「なんだ?」

「あなたがルイズの使い魔?」

 キュルケもそれなりの実力者。警戒すべき相手だということはなんとなく分かっていたが、
――ルイズの使い魔だもの
本人にもあまり自覚はないが、馬鹿にするといった意味ではなく、むしろ信頼から、だから危険はないだろうと割と気軽に話しかけてきた。 

「まあ、一応そうだな。」

 そう答えたのだが、ご主人様は気に入らなかったようで

「何で『一応』なんてつけるのよ!!」

「なんとなくだ。気にするな。」

「そうね。あんまり細かいことを気にしていると大きくなれないわよ? 胸なんてただでさえ『ゼロ』なんだから。」

 その言葉でもともと怒りやすいのに止めをさしてしまったようだ。さっき少しは大人かと思ったが、こういったところは見た目通り子供なんだろう。



「もう許さない……。ツェルプストー、今日こそ決着をつけてあげる!!」

 そう指を突きつけて今にもつかみかかりそうな勢いだが、流石に止めないわけにはいかない。ちょうど教師らしき人物もやってきた。

「止めておけ。もう授業が始まるんじゃないのか?」

 その言葉に多少は理性は残っていたようで、歯軋りをしながらも何とか引いてくれた。

「……命拾いしたわね。覚えてなさい!!」

 そう悪役のような捨て台詞を吐くが、キュルケの方は余裕だ。ヒラヒラと手を振っている。見た目通り、キュルケの方が精神的には上なんだろう。肉体的には比較対象にすらならないが。



 なんとか落ち着いてくれたところで、少し太めの教師らしき人物が入ってきた。にこやかな、どこにでもいそうな雰囲気だ。


「皆さん、春の使い魔召還は大成功のようですね。このシュヴルーズ、みなさんの使い魔を見るのを毎年、楽しみにしているのですよ」

 そして教室を見渡すと、こちらに眼をとめた。

「……ミス・ヴァリエールは変わった使い魔を呼び出しましたね。」

 先ほどまでの雰囲気とは打って変わって、こちらに幾分警戒感を含んだ視線を向けてくる。



 昨日、ミス・ヴァリエールの呼び出した使い魔をどうするかという名目で教師達が集められた。ミスター・コルベールの話からすれば並みのメイジでは、ましてや学生などにはとても従えられるものではない。しかし、使い魔になった以上、下手に手を出すわけにもいかない。加えて、力尽くでどうにかなるような相手でもない。ならばどうするかというということで出た結論は、とにかく様子を見るということだった。現状では暴れるといった様子もなく、時間が経てば使い魔のルーンの効果で完全に危険はなくなるはず。ならば、下手に手を出すよりは様子を見るのが得策だということになった。



「ゼロのルイズにはその変なのがお似合いだ!!」

 ある生徒がいつものようにルイズを馬鹿にする。その言葉にルイズも言い返そうとするが、それよりも早く



「黙りなさい!!」

 シュヴルーズが魔法をつかい、その生徒の口を赤土でふさぐ。彼女にしてみれば、せっかく様子見ということになっているのにわざわざ怒らせるようなまねはしたくない。第一、その場合に何とかできる自信など全くない。彼女にしてみれば当然の反応だったのだが、生徒達にとってはそういうわけにはいかない。温厚そうだと思っていた教師のいきなりの行動に唖然となる。

「……ええと、お友達の使い魔を馬鹿にするようなことを言ってはいけませんよ。……ああ、もちろんお友達もです。分かりましたか?」

 そう勤めて明るく言うが、生徒達はただ頷くばかりだ。




◇◆◇



 授業が始まったが、さっきの教師の行動のおかげかなかなか静かなものだ。無駄口をたたくような生徒はいない。

 その授業の中身だが、今までの知識との違いがあり、それなりに面白い。例えば、こちらには土、水、火、風、虚無の五つの属性があるらしい。今までの知識に当てはめて考えるならば、水は氷結、風は衝撃、火はそのままといった所だろうか。土というのはなかったが大体の想像はつく。残りの虚無だが、それは他のものとは明らかに違うように思う。

 授業が進み、シュヴルーズが錬金とやらで石を金属に変えて見せたが、これも面白い。自分が使えるものは基本的には戦闘に関するものばかりで、そんな日常でも使えるような便利な術はほとんどない。改めて世界の違いを感じる。

 生徒にも実践させてみるということでルイズが選ばれたが、周りの様子がおかしい。先ほどのシュヴルーズの行動のせいか、表立って何かを言う生徒はいないが。

 ルイズもなにやら渋っていたが、
「あなたならゴールドも錬金できるかもしれませんね。」
とのシュヴルーズの言葉に決心したようだ。

 ルイズが前に出て、なにやら熱心に精神を集中している。錬金とやらをするつもりなんだろう。


 彼女は教師に諦めの目で見られることは多くても、そこまで期待されるということはここ数年なかった。だから、いつもよりもずっと張り切っていて、いつもの何倍も力を込めた。そして、その結果もきちんと現れた。



――いつもよりも大規模な爆発として



 教室の、特に爆心地の周りは特にひどい状態で、原型をとどめていない部分もそこかしこにある。死人が出てもおかしくなさそうな惨状だが、どうやら人間にはあまり被害がなかったようで、ひどい怪我をしている人間もいないように見える。一番ひどそうなのはルイズの側にいたシュヴルーズだが、壁にめり込んでいるだけで、命に別状はなさそうだ。



 見渡してみると、今意識があるのは自分とこの惨状を引き起こしたルイズと、何時の間にやらちゃっかり外に逃げ出していたらしい青い髪の少女だけだ。



「ルイズ、万能魔法が使えるなんてたいしたものだ。」

 虚無の使い手はいないとかいう話だったのだが、たぶんこれが虚無なんだろう。褒めたつもりだったのだが



「……すごく、失敗したみたいね……。」

 ルイズは引きつった顔でただそう言うだけだった。






© Rakuten Group, Inc.