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2021/06/11(金)12:29

【カクテル・ヒストリア】(1)著者印税ゼロだった名著

カクテルヒストリア(28)

【お知らせ】Bar UKマスターは、バー業界向けの雑誌「リカル(LIQUL)」に「カクテル・ヒストリア(Cocktail Historia)」という連載をしています。カクテルに秘められた、あまり知られていない裏話、秘話を紹介するコラムです。出版元(編集部)のご了解を頂きましたので、今後、掲載後に一定期間が経った後、Bar UKのホームページでも紹介させて頂きます(なお、転載にあたっては若干の加筆・修正を加えておりますが、ご了承ください)。 【カクテル・ヒストリア第1回】        著者印税ゼロだった名著  クラシック・カクテルの歴史について調べ続けて四半世紀以上になる。「カクテルについての連載を」と紙幅を与えられたが、短い連載で書けることは限られる。あれこれ考えた末、まずは、あるバーテンダーのことを取り上げたい。 *           *              *  1876年8月29日、英国で一人の男児が誕生する。父は仕立て職人、母は織物職人だった。14歳で働き始めた彼は、新大陸への移民ブームに刺激され、1897年、21歳で大西洋を渡った。  そして、ニューヨークやシカゴの有名ホテルでバーテンダーとして頭角を現したが、そんな彼を見舞った悲劇が禁酒法(1920~33)だった。「米国に居場所はない」と考えた彼は1920年、44歳にして再び英国へ戻り、ロンドンのサヴォイ・ホテルのバーで仕事の場を見つけた。  彼はその後チーフ・バーテンダーにまで上り詰め、10年後、歴史に残る名著を世に送り出す。『サヴォイ・カクテルブック(The Savoy Cocktail Book)』。彼の名はハリー・クラドック(Harry Craddock)。本は、現在でも世界中の数多くのバーテンダーの間で、「バーテンダーのバイブル」と称され、ロングセラーを続けているが、彼が本の印税を一切受け取らなかったことは、ほとんど知られていない。  サヴォイ・ホテルを63歳で退職後、クラドックはさらに2つのホテルでバーを立ち上げ、チーフ・バーテンダーとして80歳近くまで現役を貫いた。1963年、87歳で死去。その訃報は新聞でも報じられた。だが、それから半世紀余。クラドックはサヴォイのHPでも歴代チーフバーテンダーの一人として名をとどめる程度で、その埋葬場所も不明だった。  しかし2013年、驚くべきニュースが届けられた。カクテル史の研究者・歴史家らの尽力によって「クラドックの墓が確認された」のだ。そして、サヴォイ・ホテルの関係者らが墓前に集まり、「没後50年記念の集い」を開催した。ホワイトレディなど数々のカクテルを考案したクラドック。その彼のカクテル文化への貢献が、ようやく公式に認められた瞬間でもあった。  技巧を凝らした派手なカクテルが日々誕生している現代。しかしクラドックのような先人の努力と貢献、言い換えれば「過去の積み重ね」があって、今のカクテル文化の繁栄がある。私たちバー業界に生きる人間は、そのことを常に忘れずいたいと思う。

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