山田維史の遊卵画廊

2005/08/19(金)01:57

人の夢のなかで暴れる絵

 昨日は、私の作品が他人の記憶や夢を写し取っている、と怒られた話をした。すると常連のお客さんたちがコメントを寄せてくださり、いささか恐縮した次第。それでまた思い出したことがある。小説家の花輪莞爾氏の夢のなかで、私の作品が暴れるというのだ。これは花輪氏が発表した『夢日記』のなかに書かれていたことである。  いま、書庫をさがしたが見つからない。もう14,5年前のことで、私の作品が氏の夢のなかに登場する詳しい経緯はわすれてしまった。後日あらためてその発表誌をさがしてみるが、花輪氏はすでに御紹介したことだが國學院大学の教授でもある。その『夢日記』は長年に亘って『國學院雑誌』と『Walpurgis』という國學院大学外国語研究室・外国語文化学科紀要に分載で連載されている。氏は御自分の見た夢を大学ノートに記録し、それがかなりの巻数に達するのである。  発表誌がれっきとした格調をそなえているだけに、いくら夢のなかだとはいえ、私の作品もあまり理不尽なふるまいはしてもらいたくない。夢のなかに登場したのは、花輪氏夫妻が所蔵する『E・A・ポーの肖像のある静物』らしい。夫妻は現在私の作品を4点所蔵しているのだが、『E・A・ポーの肖像のある静物』は1979年の作品。早川書房の「イギリス・ミステリ傑作選」シリーズの第1巻『ポートワインを一杯』のカバーに使用した。ポーとポートワインを掛けた駄洒落ではない。ミステリ小説の父祖に敬意を表わし、第1巻の表紙にしたのだ。  この絵の何が作用して花輪氏の夢に登場することになったのだろう。花輪氏の深層心理に何かが触れて暴れだしたにちがいないが、これもまた私の責任ではあるまい。この夢から御自身の深層心理の井戸に降りてゆかなければならないのは、むしろ小説家花輪莞爾氏であろう。  しかし、もし私の無意識が、作品を媒介にして花輪氏の夢にはたらきかけたとしたら?  アルフォンス・アレ『奇妙な死』(創元推理文庫「怪奇小説傑作選4」所収)を皆さんは御存知だろうか。  ある画家が、みごとに描きあげた水彩画を恋人に贈った。彼女はすぐに自分の部屋にその絵を掛けた。画家はこの絵を海の水で描いたのだ。海の水で描いた海の絵は、月の引力の影響を受けて、潮の満干を起すようになった。絵のなかのちいさな海の水が、ぐんぐん満ちてきて、岩をすっかり隠してしまうと、今度は逆にぐんぐん引きはじめ、岩肌をすっかり露出してしまうというわけだ。  「そうだとも! ある晩、ちょうど今日のような、百年に一度か二度という大津波が起った。海岸は暴風で大荒れに荒れていた。嵐だ、雷だ、颱風だ! 朝になって、僕は恋人の住んでいる別荘に行ってみた。そして、狂おしい絶望のどん底に突き落とされた。僕の水彩画が氾濫していたんだ。若い娘はベッドのなかで溺れ死んでいた」  これが我が恋を永遠の悲恋に仕立てたい、青年画家の無意識の発現だとしたら?

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