山田維史の遊卵画廊

2024/03/20(水)09:57

手製の図像辞典

ヨーロッパ古典美術におけるキリスト教聖人のアトリビュートは、洗礼者ヨハネのように結びつきが分かりやすいのはむしろ少ない。またどんな聖人がいるのかもほとんど知識がない。しかし一般の私たちが聖人を知るてがかりとして、もっとも役立つのは『黄金伝説』という本である。かなりの大部の本なので読破するのはなかなか大変だが、通読しなくとも、知りたいと思う聖人の項だけ読むぶんにはさほど時間もかからないし、意外におもしろい。  『黄金伝説』は、しかし美術鑑賞用ではないので、ことさらアトリビュートの解説をしてはいない。私は実際にたくさんのキリスト教美術を見て、ちょいちょいとメモをしていたのが、いつのまにか便利な辞典になってしまった。私が自分のために作ったデータで、未整理な部分もあるけれど、今日はそれを抜き書きしてお見せしよう。 ---------------------------------------- 聖ウルスラ  矢を持つ。また処女の保護者としてのマントを着ている。  イギリスの王デオノトゥスの娘。この聖女伝は10世紀以降の文献に残されている。ケルンで殉教。  ◆聖ウルスラ伝の画家『聖ウルスラの洗礼』1495-1500年。  ◆『家庭内祭壇の両翼』;右翼内面下段;ニュルンベルク、1483年。 聖セバルドゥス(ゼーバルト)  巡礼者の衣を纏い、巡礼杖を持ち、帽子を首に掛けている。長い鬚と髪。ニュルンベルクのザンクト・ゼーバルト聖堂の雛形を持つ。  ニュルンベルク市の二人の守護聖人のひとり。伝説中の人物であるが、ニュルンベルク市の強い希望により、1425年に列聖。 聖ラウレンティウス(ローレンツ)  祭服を着た無鬚の若い姿。彼がその上で焼き殺された火格子を持つ。  ローマの助祭で初期キリスト教時代の殉教者。ニュルンベルク市の守護聖人のひとり。  ◆ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『聖ラウレンティウスの殉教』1948-59年頃。ヴェネツィア・ジェズィーテ教会蔵。  ◆ヴォールゲムート工房『聖セバルドゥスと聖ラウレンティウス(祭壇の両翼)』1480年頃。ドイツ民俗博物館蔵。 聖アグネス  幼児キリストが彼女の指に指輪を嵌めようとしている。彼女の純潔を象徴する小羊を伴う。  『黄金伝説』によると、ローマの富裕な家の出であるアグネスは、高官の息子の求婚を、聖母マリアの息子と婚約していると言ってしりぞけた。この比喩的な話には、彼女の信仰告白がこめられている。  ◆バルトロメウス祭壇画の画家『聖アグネスの婚約』1495-1500年頃。ドイツ民俗博物館蔵。 聖ステファヌス  本を持ち、本の上には投石によって殺されたことを示す石がのせられている。若者の姿。  初期キリスト教時代の殉教者。  ◆ヴィットーレ・カルパッチオ『聖ステファヌスの論争』1514年。  ◆ルドヴィコ・チゴーリ『聖ステファヌスの殉教』1597年。フィレンツェ・ピッティ蔵。 聖エリーザベト  果物をのせた皿と水差しを持つ。  エリーザベトは1207年にハンガリー王の娘として生れ、1221年にチューリンゲン辺境伯の息子ルートヴィヒと結婚したことが、歴史的に確認されている。1227年、ルートヴィヒ歿後、アッシジの聖フランチェスコ修道会に入り、貧者と病者への慈善により有名になった。その死の4年後の1235年にはすでに列聖されている。  ◆イスラエル・ヴァン・メッケネム『チューリンゲンの聖エリーザベト』(銅版画)、15世紀末。フィラデルフィア美術館。  ◆ヤン・ファン・エイク『聖者と伴う聖母子』 聖ヴィトウス  煮え立つ油で釜茹でされて殉教。  シチリアの聖人。伝説によれば4世紀に12歳で殉教した。特に中世末期には人気があり、17世紀に至ってもまだ絶大な崇拝を集めていた。彼は、民衆的信仰において、それぞれ苦しい時に頼りにした14人の救難聖人のひとりに数えられ、癲癇(てんかん)や狂水症など、様々な病気から人をまもる聖人とされた。  ◆ファイト・シュトース『油の釜の中の聖ヴィトウス』(彫刻)、1520年、ドイツ民俗博物館蔵。 聖ドロテア  花の枝、あるいは花籠を持つ。また、純潔の象徴として一角獣を伴うことがある。高貴な家柄の出であることを示す冠(あるいは花瓶の冠)を頭上に頂くこともある。  カッパドキアのカエサリアに生れた。生涯については伝説的な物語しか伝わっていない。それによれば、ディオクレティアヌス帝の時、彼女は両親や姉妹と共に、キリスト教徒の迫害が行われたローマから逃げたが、カエサリアで捕らえられ、斬首された。彼女の処刑の際、厳冬にもかかわらず、ひとりの少年が籠一杯の薔薇の花と林檎を彼女にさしだした。それは、彼女の元の花婿----すなわちキリスト----の園の果実と花であったという。  ◆アンブロージオ・ロレンツェッティ『聖ドロテアの像』1530年。シエナ絵画館像。 聖カテリーナ(アレキサンドリアの)  車輪に磔(はりつけ)されて殉教したので、その刑具の車を伴う。  【註】英語で回転花火を a Catherine wheel(カテリーナの車)という。  ◆レリオ・オルシ『聖女カテリーナの殉教』、モデナ・エステ絵画館蔵。  ◆ボッテチェリ『聖会話』1470年頃。ウフィッツィ美術館蔵。 聖フロリアヌス  建物に水を注ぐ姿。  聖フロリアヌスはディオクレティアヌス帝時代のローマ軍団の軍人であったが、キリスト教を信奉して迫害にあい、ドナウ河支流のエンス河に沈められ殉教した。中世末期以来、彼は、上部オーストリア及びポーランドなどで、火災の危険に対する守護聖人として崇められた。  ◆上部オーストリア派『聖フロリアヌス』(彫刻)、1520年頃。ベルリン国立美術館蔵。  ◆ショイフェライン『火事を消す聖フロリアヌス』(木版画)、1516年頃。ドレスデン国立美術館蔵。 ------------------------------------  ちょうど10人の聖人を記述したところで、そろそろ終わりにしよう。  こんなふうに、私はメモをあつめた便利帳をつくってみた。簡単な記述だけれど、聖人のアトリビュートを知るには、これで結構役にたってきたのである。

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