テーマ:☆動物愛護☆(3964)
カテゴリ:エッセイ修業中
エッセイ・小説・詩
その日、一匹の仔猫が鳴いていた。 そう言えば…とふと気が付く。お昼ご飯の時も、 子供がお昼寝を始めた頃にも、ずっと鳴いていたような気がする。 どうしてすぐ仔猫だと思ったのか。 それは間違いなく「お母さん」を呼んでいる声だったから。 猫語が分かるわけじゃない。 でも母猫を呼ぶ声に間違いないと思った。 自分も母親になったばかりだったからだろうか。 なぜか直観的にそう確信した。 どこで鳴いているのだろう? 声は割と近くから聞こえる。 窓の外を覗くと、仔猫はアパートの隣にある大家さんの家の庭にいた。 大家さんは留守なのか、そうじゃなければ、とっくに仔猫を追い払っていると思う。 大家さんは犬も猫も大嫌いだった。 特に野良猫は、大事に育てている草花におしっこをかけてダメにするし、 庭に糞をしていくのが我慢ならないみたいだった。 西の空がオレンジに染まる夕暮れになっても、まだ仔猫は鳴いていた。 同じ場所で何時間も、「お母さん」を呼び続けていた。 出掛けていた大家さんが帰ってくると、 大家さんは仔猫を追い払おうとして、怖い顔で仔猫に近付いた。 けれど仔猫は大家さんを見ても逃げるどころか、もっと甘えた声を出した。 大家さんは足を上げて仔猫を蹴るような素振りをした。 動物はあまり好きではない大家さんだったけれど、心根は優しい人だったから、 決して本気で蹴ったりはしない。あくまで蹴る真似だけだった。 そのせいか仔猫は不思議そうな顔をするだけで、逃げようとはしなかった。 それで大家さんは庭の倉庫から、竹箒を取り出してきて高く振り上げると、 今度はバサッと仔猫の前に振り下ろした。それでも仔猫はきょとんとしていた。 大家さんは顔をしかめて、竹箒の先で仔猫を突いた。 さすがにきっとちくちくして痛かったに違いない。 仔猫は少し後ずさりして、パッとどこかへ行ってしまった。 夜になってテレビを見ながら、旦那の帰りを待っていると、また仔猫の鳴き声が…。 昼間聞いたときより、もっと大きく、ハッキリと。 ものすごく近くにいる…。 カーテンを開けたら、仔猫と目が合った。 窓のすぐ外に鉢植えの花が飾れるように、窓の高さに合わせたフラワースタンドを置いていた。 仔猫はその上の空いている小さなスペースに座って、明らかに窓に向かって鳴いていた。 この時もう一つ、直観した。 この仔猫は飼い猫だったんだ。 人に慣れているから、大家さんを見てもすぐには逃げなかったし、 人がいるって知ってるから、明かりのついた家の窓に向かって鳴いていた。 鳴いていたというより、呼んでいたんだ。 いくら呼んでもお母さんが来ないから、人間に助けてもらおうと思って。 この仔猫は、人間は優しいとしか思っていない。 つい最近、ひょっとしたら今日の昼間、捨てられた? 迷子になったという線もあるけれど、それは考えにくかった。 近所で猫を飼ってる家もないし、どこかで仔猫が生まれた話も聞かないし。 数年前、この近所で野良猫に餌をあげてた人がいて、 大家さんだけではなく、この辺一帯の人たちが糞尿の被害にあってから、 猫嫌いの人が多いって聞いたことがある。 もしかしたら、夕方大家さんに追い払われた後、どこかの家の前で鳴いていたのかもしれない。 そこでも追い払われて、逃げているうちにまたここへ戻ってきたのかもしれない。 けれどこのアパートではペットは禁止。 ごめんね、お前を入れてあげることはできないの。 お腹もすいているだろうし、そんなに鳴き続けていたら、きっと喉も乾いている。 でも大家さんに見つかったら。野良猫の世話はしないでくれって叱られるに違いない。 どうにもできなくて、さっとカーテンを閉める。それでもずっと仔猫は鳴き続けた。 どうしよう。ウチで捨てたんじゃないかとか近所の人に疑われそう。 お願いだからどこかへ行って。 仕方なく、今度は窓を開けて、追い払おうとすると、仔猫は当たり前のように部屋に入ろうとした。 違うの、そうじゃないの、「あっち行って」思わず大きな声が出て、 ベビーベッドの上で機嫌良く遊んでいた子供が泣きだした。 慌てて仔猫を手で押しやり、勢いよく窓を閉めた。 どうして? どうして入れてくれないの? 哀しそうな仔猫の声が響いている。 それを聞いて大家さんが玄関から飛び出して来て、また仔猫を追い払った。 それからしばらくは仔猫の姿は見なかったけれど。 数日後、ベビーカーに子供を乗せて散歩に出ると、 仔猫はアパートから少し離れたところにある公園のベンチの下にいた。 相変わらず、親猫を呼んでいるような声だった。 でもその声は弱々しく、身体もガリガリに痩せ細って、体をぺたりと地面に横たえていた。 どうすればいいのか途方に暮れる。 あの頃は猫を保護して里親に出している人たちの存在も知らず、 こんな時に連絡するところと言えば、保健所しか思いつかなかった。 でも保健所に連絡することが何を意味するかも知っていた。 どうすることもできず、その場を立ち去った。 散歩に出たついでにスーパーにも寄った。 買い物をしながらも仔猫のことが頭に浮かぶ。 せめて仔猫自身が他の場所へ歩いて行って、優しい誰かに拾ってもらえるように、 自力で頑張れるパワーが出せるように、ご飯を食べなきゃいけないよね? だからついでに、ちょっとだけ、そうほんのちょっとだけ、 そう思って、小さなお刺身のパックを一つ買った。 どきどきしながら公園に戻った。 けれどそこにあの仔猫はもういなかった。 自分で移動したのだろうか? 誰かが拾ってくれたのだろうか? 保健所ではありませんように。それだけを祈った。 もっと自分にできることは他にはなかっただろうか? と胸を痛め、 お刺身をあげなくても済んだことに、ほっと胸を撫で下ろした。 お刺身がもったいなくて、ほっとしたんじゃない。 猫を飼った経験もなくて、弱った仔猫にお刺身をあげてもいいのか不安だったし、 あげているところを近所の人や大家さんに見られたらどうしようと心配だったから。 それに、中途半端に手を出さずに済んだことにも安心したから。 それ以来、その仔猫を見ることはなかった。 きっと優しい人が拾ってくれたんだ。 そうでなければ迷子になっていた子猫を、飼い主が見付けて連れて帰ってくれたんだ。 そう信じたい。 だけど、夜、カーテンを開けた時にぱちりと合った仔猫のあの目。 あれから何年も経って、あの時まだ小さかった子供も小学生になったけど、 今でも仔猫を見かけると、あの時の仔猫の目の色が、胸一杯に、 まるで辛い片思いみたいにどうしようもなく、甘酸っぱく闇に光る。 ※この話は実話をもとに書き起したフィクションです。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○
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