2024/08/27(火)08:56
みんなに理解されなくてもいいけど 傷つく言葉はいらない
昨日のブログ記事を大きくして太字にするのを
すっかり忘れていた。今気づいて大きくしておいた。
昨日、あれ?文字が小さくて読みにくいって思った人
いたかな。ごめんね。
ブログを長いこと書いていて気づいたことがある。
それは世の中にはいろんな人がいていろんな考えがあると
いうこと。当たり前のことなんだけど、普段は
あまりそこまで意識していなかった。
たとえば、私が元気になった健康法に賛成できない人も
いるかもしれないし、シニアになったら好きなものを
何でも食べたほうがいい(特に肉)っていう
ベストセラー作家の和田先生のような考えを持っている
人もいるかもしれない。
でもまあ、それは人それぞれだからね~。
体質だって違うから、その人に合った健康法は
人の数ほどあるのだと思う。
でも理解されないと悲しいときもある。
それは自分が逆境から必死に抜け出そうってしているときに
違う考えをぶつけられたとき。
その昔、息子が不調で不登校だったとき、市内の
母の会で「起立性調節障害」になった息子のことを発言した。
そのときに「不登校の子供に対して病名をつけることって
親が安心したいからではないですか。」みたいな感じで
私を親のエゴの塊みたいに言われたとき。
(実際に起立性調節障害という病気はあるのだけど
まだそのころは認知度も低かった。)
そしてちゃんと反論できなかった私。
今はあの昔の泣いてた私をハグしに行きたいわ。
今、冷静になって、あの頃を考えると、あの担当だった人と
MCだった女性はそういう考えだったかもしれないけど
弱った親にいうべき言葉じゃなかったと思う。
あの人たちの言葉はあまりにも酷かった。それ以来
行かなくなった母の会。仕事があるのに無理して
行っていたけど、行かなきゃよかったと思う。
私、なんでこんな悲しい時代のことを思い出したのだろう。
ストレスがなくなったから過去のことを思い出したの
だろうか。
あんな時代があったからこそ、今の幸せを普通の人より
強く感じるのかもしれない。
この平穏を当たり前と思わず、感謝しようと思う。
悲しかった時代のブログ記事 ここからコピベ
「止まった時間」
今日朝トイレに行くと相田みつをの日めくりカレンダーがきちんと25日になっていた。海外出張の多い主人だが、家にいるときはまめにカレンダーを変えてくれる。今日の詩は「ぐち」だった。
ぐち
ぐちをこぼしたっていいがな
弱音を吐いたっていいがな
人間だもの
たまには涙をみせたっていいがな
生きているんだもの
今日はこの詩に甘えて愚痴をいっぱい吐こうかな。最近ずっと落ち込まないように強がってた。明るく前向きで笑顔を絶やさない母になろう、なろうって。たまにはぐちを吐いてもいいよね、人間だもの。
2006年11月6日から、息子の時計は止まったまま。あの日から一日たりとも学校には行ってない。いつかは治る、絶対治る病気。世の中にはもっと命に関わる病で苦しんでいる子供たちだっている。だからまだ幸せ、生きているだけ幸せ。懸命にそんなふうに思い込もうって思っても現実にはむずかしい。
受験は辛いといいながら、将来を語る娘。その横で息子はいったい何を感じているのだろう。いまだにあおい顔色をして倦怠感に襲われている。息子の時計はいつ動き出すのか。多くのことを望んでいるわけじゃないのに。2年なのか、3年なのか、もっともっと時間がかかるのか、普通のことができて、頭が痛くなくだるくなく、ごはんが食べれる日はいつになったらくるのだろう。
自律神経の病気。どうしてこんなにやっかいなんだろう。思春期の病気。成長が止まれば体調も良くなるという。小学校6年生で発症した息子の思春期っていったいいつ終わるんだろう。高校?大学?そこからまた小学校6年生になって出直すの。大切な中学校生活の思い出もなにもなく?中学校の廊下に今年一年の行事が同級生の笑顔の写真とともに張り出されていた。そこにいるはずの息子はいない。
どうして、どうして息子だけこんな目にあわなくちゃいけないの。いったい何悪いことしたっていうの。何にもしてないよ。神様、お願いします。早く治してあげて下さい。
わ~だめだ~涙があふれてきた~鼻水も出てきて化粧も落ちる。
相田みつをさま
やっぱり強がっている方が楽です。明日からはそうします。
いつもポチをありがとうございます(^^)/
「いいね!」も押してくれて嬉しいです。
今日も押してくれると喜びます。
にほんブログ村
にほんブログ村
<