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カテゴリ:つれづれ
もう学校を離れてかれこれ20年弱になってしまったからもう知識の大半は忘れちまったが,これでも私は一応学生時代は憲法のゼミに属し,一応公法の修士もいただいた元憲法学徒である。5月3日となると,やはり思うところがあり,毎年苦笑をしたり怒りを禁じ得なかったりしているところである(ちなみに妻との入籍日も5月3日である。もっともそのときの仕事の都合上このあたりしか結婚のための休暇が取れなかったという事情もあるのだが)。そこで,たまには真面目に書いてみようと思う。とはいえ今は病み上がりでろくに本も読めない身ゆえ,雑談の延長にしかならないことはお許し願いたい。
まず前振りから。憲法について知ったかぶりでいろいろ言っている奴は多いが,その中に「イギリスは不文憲法の国である」などと書いてあったら,何も知らないバカだから以後何を書いてあっても信用しないがよい。「憲法」には二つの意味があり,一つは「日本国憲法」というような「憲法」という名の法典であることは言うまでもないが,もうひとつは,国の形を決める,国政の大枠を決める方の集大成,司馬遼太郎がいみじくも言った「この国のかたち」と言う実質的な意味の「憲法」なのである。ちなみにイギリスの憲法は,世界史を選択していた人なら丸覚えさせられた「マグナカルタ」「権利の請願」「人身保護律」「権利の章典」「議会法」「王位継承法」等々がまさにイギリス憲法なのであって,これらはもちろん成文法である。これすらも知らないと言うことは,憲法を知らずに物を語っている,悪く言えば平気で嘘がつけると言うことなのであって,一切信用してはならないのである。そういう彼らは当のイギリスで憲法典の成文化の作業が行われていることなど知らないだろう。 もうひとつ。「同じ被占領国であるドイツ(旧西ドイツ)は50回以上も憲法を改正しているのに,日本はただの一度も回制がない。従って日本は時代遅れである」という俗説が出回っているが,これも私に言わせれば嘘である。嘘といって語弊があればドイツの政体を知らないことの証明であって,こんな奴等の言うことも信用するに当たらない。 ドイツの政体を語るには,まず「ライヒ」と「ラント」を知らなければならない。簡単に言ってしまえば,「ラント」はアメリカで言う州のようなもので,独自の憲法と国政のための権限を持っている。それを統合した,まさに「ドイツ連邦共和国」というべき連邦の共同体が「ライヒ」であって,そのライヒの最高法規が「ドイツ連邦共和国基本法」なのである。賢明な方は,これが「憲法」と訳されずに「基本法」と訳されていることに気がつくだろう。まさしくその通りで,この「基本法(グラントゲゼッツ)」はあくまで基本法であって,他の国のような「憲法(フェルファスンク)」とは毛色が違うのである。日本であれば明らかに法律で規定されているようなことがたくさん書いてあるし,一番特徴的なのは,ライヒとラントの権限分配がずらりと並んでいることである。だから,他の国なら法律の改正で済むようなことでさえ「基本法」を改正しないといけないし,なにせライヒとラントとの事務分掌が変わるたびに代えなければならない。だから「基本法」の改正は実に100回以上にのぼるが,当たり前の話なのであって,それを蕩々と説く人間はドイツの国政もドイツ法も知らないのである。そんなものの言うことなど信用に値しないことはもう自明だろう。 ちなみに,「基本法」の内容に渡る改正といわれる物は過去4回しかない。ドイツ再軍備。国家緊急条項の創設。共産主義国家(当時)の仮想敵国条項の廃止,そしてドイツ統一による者である。いずれもかなり特殊ドイツ的な事情が絡んでいることがお分かりだろう。ただし,ドイツ再軍備と緊急事態条項については,別の論点となる。 さて,今回安倍晋三君は憲法96条の憲法改正手続き条項に手を付けようとしているが,筋が悪いからおやめなさいと言いたい。あの中華人民共和国ですら全人代の3分の2の多数によることとされているのである。それよりも,真剣に憲法を改正したいと思うのならばまず必要なのは説得とコンセンサスである。それならば迂遠な手段を使わなくても個別の条文を粘り強く何がどうおかしいのかということをもっと堂々と主張しなければならない。それが政治という者ではあるまいか。議論なき空疎な論点提示は議論なき空疎な論戦しか生まない。福島瑞穂あたりが喜ぶだけである。 これは私個人の見解だが,9条の平和条項は維持しつつ,自衛隊の存在はやはり憲法に明記せざるを得ないと思っている。これはドイツのNATO加盟による改正と同じである。確かに日本は不戦条約の批准国であり,戦争の違法化と言うことを受け入れ,かつ先の大戦で無能な指揮官と中堅参謀の暴走で無茶な戦争をした以上,戦争はしませんと言うことは宣言せざるを得ないと思う。しかし,今の日本には確実に仮想敵国が存在するのであって,それはすなわちいつ受動的に戦争に巻き込まれるか分からない状況でもあるのだ。それに必要な戦力は,やはり保持せざるを得ないと思っている。もちろん,軍隊は働かないのが最高の仕事なのであるが。 あとは,日本の国情を知らずにアメリカの,しかもかなり特殊アメリカ的なものを無理やりかぶせてきているところは,やはり修正せざるを得ないだろう。典型は20条3項。あまりにも簡略すぎて誤解の元になっている曰く付きの条文である。最高裁判所裁判官の国民投票なんてあれはいらない。なぜか。アメリカの最高裁判所の裁判官は政治的に中立ではない。だからあのような制度が成り立つのであって,憲法の条文でがちがちに固められている日本の裁判官にそんなことをやっても意味がない。89条もはっきり言って日本の国情に合わない。天皇陛下の国事行為を定めた7条ももっと具体的に細かく書き足さなければいけないだろうし,そのからみでいけば誰が実質的に国会を解散する権限があるかがどこを読んでも分からないというにもまずい(註・厳密に憲法の条文を読めば,衆議院の解散が出来るのは内閣不信任案が可決されたときだけと言うことになる。69条)。 私に言わせれば,安倍晋三君は爺様の怨念を受け継いでそれが頭から離れないらしいが,こと一国の総理大臣なんだからもっとまともなブレーンをおいて,真摯に勉強すべきである。あとは,まあ日本維新の会などという代物は,何でも共同代表のうちの一人が弁護士でテレビにもよく出ていたようであるが,彼は法律のことを何も知らない。おそらく憲法なんて司法試験に合格した瞬間に頭からすっ飛んでいったことだろう。かれらはまず憲法のことを議論する前に憲法の基本書を1冊読んでからおいでといいたいくらいで,まともに取り合うのもばかばかしい。 いずれにせよ,どうもまず改憲先にありきの議論は,私は大嫌いであって,憲法を改正するというなら何が今この国に必要なのか,どこがこの国の現状とずれているのかと言うことを理由を付けて提示すべきであると思っている。改憲を主張する立場も自称護憲派も,誰もそれができていない。今の改憲を巡る最大の問題点はそこだと思っている。だから96条から手を付けようなどという筋のよくないことをやろうとしているのではないかと推測するものである。 安倍晋三君。あなたが改憲を提示する名宛て人は国民ですか?それとも爺様の墓前ですか?私はどうも後者に思えてならない。 たまには真面目なことも書いてみる。 BlogPeople お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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