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テーマ:相撲(1890)
カテゴリ:つれづれ
私は稀勢の里が綱を掴んだ2年前の初場所後に書いた記事を,こう結んだ。
>とにかく,稀勢の里には長い間ファンを待たせた分,強い横綱になってほしい。 >もちろん年齢からして長命の横綱になることは難しいかもしれないが, >在位期間中に強烈なインパクトを残すだけの存在になってほしいと思う。 この願いは,「短命」という結果を除いて,ついに叶わなかった。本当に残念無念であるとしか言いようがない。 稀勢の里,いやもう彼は年寄「荒磯」なのだが,引退記者会見において「土俵人生において一片の悔いも残っていません」と語ったのであるが,それはきっと本意ではないだろう。彼が何でもいいから綱を掴むことを目標にしていたわけがあるまい。先代師匠である故隆の里の鳴戸親方に厳しく指導されていた彼のことである。きっと強い横綱であるべしと思っていたに違いない。会見で見せた涙は,その証であると思う。 しかし,稀勢の里は間違いなく強い横綱になるはずだった。それを阻んだのは2年前の春場所,新横綱初優勝と引き換えに宿痾となってしまった左大胸筋がすべてだろう。その原因を作ったのは,その春場所の十三日目,日馬富士の悪質な駄目押しであることは論を俟たない。しかし,なぜ稀勢の里は出続けることを選んだのだろうか。貴乃花の背中を追おうとしたのか,あるいは優勝を争っていたのが「モンゴル互助会」の照ノ富士だったからかは分からない。ただそれが稀勢の里の「相撲道」であったということなんだろう。いや,そう思わないと納得がいかない。 そのほか,もっと稀勢の里に絡めて書きたいこともあるのだが,やめる。ひと言で言うならば,因果応報。きっと残された横綱も長くはないのかもしれぬ。 とにかく今稀勢の里に言える言葉は,お疲れ様でした,あなたは先代の師匠が名付けたしこ名に叶うだけの立派な強いお相撲さんでした,しばらくはゆっくりと休んでくださいということに尽きるだろう。きっといずれ自分の部屋を持つだろうから,今度は稀勢の里を凌駕するだけの強いお相撲さんを育ててほしい。相撲を見ている人はちゃんと見ている。有望な新弟子集めにはきっと苦労しないだろう。 やっぱり今の部屋をそのまま継ぐべきだろうね。 BlogPeopleSIGMA People (後記) 引っ越し,新規開店しました。ろー・ふぁーむ・かるぴおANNEXもよろしくお願いします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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