2006/02/27(月)23:05
「魚中の下品」とは・・・
私は出版社のPR誌というのが割に好きなんですが、今は岩波書店の『図書』とちくま書房の『ちくま』を講読していて、毎月の月末から月初めにかけてこの2冊が相次いで郵送されてくるのを楽しみにしているんです。で、今日は『図書』の方が届いたので、夕食後、ベッドで横になりながら、この小冊子をぱらぱらとめくって、あちこち拾い読みしていました。
すると今月号には林望さんの「この書もしありせば:『完本 日本料理事物起源』を読みて」という小文が載っているじゃあーりませんか。お、リンボウ先生か、と思って真っ先に読み始めたのは言うまでもありません。
で、もちろんこのエッセイ自体はとても面白く、私も川上行蔵という方が書いたこの料理の本が読みたいな、と思わされたわけですが、しかし、その中に私にとってはとてもショックなことが書いてあったんです。
なんと、秋刀魚という魚を一般の人が食べるようになったのは明治の頃からで、それ以前は、「魚中の下品也」とされ、魚油を取るための原料にこそなれ、人が食べるものではなかった、というんです。
ガーン・・・。秋刀魚・・・。僕好きなのに・・・。君は「下品」な奴だったのかい・・・。
秋刀魚というと、現在では秋の味覚の代表の一つだと思いますし、それこそ佐藤春夫の「秋風よ 情あらば 伝へてよ ――男ありて 今日の夕餉に ひとりさんまを食らひて 思ひにふけると。さんま、さんま、そが上に青き蜜柑の酸を したたらせて さんまを食ふはその男が里の ならひなり」のように、詩にも歌われるような風物であるわけですけど、江戸時代以前には秋と秋刀魚が結びつけて考えられるようなことはなく、それどころか、秋刀魚について言及されている文献・文学作品が極端に少ないんだそうですね。で、それは先に言いましたように、人さまの口に上るものではなかったからなのだとか。ふーん。そんなもんですかねぇ。私なんぞ、焼き魚の中で一番好きなんだけどな、秋刀魚の塩焼き。
リンボウ先生によれば、件の川上行蔵博士も「さんまの大群が日本近海に来れば漁らぬはずはない。漁れば食べないことはないと思うが、記録のないのはどうしたことであろうか」と書いているとのことですが、食い物になるものがある、ということと、それを食べる、ということの間には、案外大きな隔たりがあるのかも知れませんな。たとえば日本人の感覚だと「犬」は食べ物の中に入ってないですけど、犬を食べる民族は世界には結構いますからね。
そう言えば19世紀のアイルランドでジャガイモの大凶作が続いたことがあって、随分多くの人が飢え死にしたり、アメリカへの移住を余儀なくされたりしたことがあったんですが、彼らだって海に囲まれた民族なんだから、魚を取ったりすれば死ぬようなことはないんじゃないかと思うのは間違いなのであって、当時のアイルランド人にとって「鮭」以外の魚は食べ物じゃなかったんですってね。ましてや貝だとか海草なんてのは、ネズミとかミミズみたいなもので、それを食うくらいなら人間やめた方がいい、というようなシロモノだったのだとか。貝好き、海草好きな日本人としては心外な話ではありますなあ。
ま、もちろんそういう話は他にも色々あって、タコやイカを食べたがらない民族は多いですし、ウニとかナマコを食べる民族はそう多くないですよ。身近な野菜で言えば、ゴボウを食べる民族って日本人くらいなもんです。今、中国あたりでさかんにゴボウが栽培されてますけど、あれはすべて日本への輸出品ですから。
私個人のレベルで言いますと、私はあまり食べ物に好き嫌いのない方ですが、それでもナマコとかホヤは、積極的に食べたいとは思わない種類の食べ物ではありますね。ただ噂に聞く「コノワタ」は、一度くらいなら試してみてもいいかな・・・。あと、苦手なのは虫系。蜂の子とかイナゴですね。あれも「食べて」と言われたらちょっと厳しいかも・・・。好きな人はおいしいと言いますけどね。
しかし、まあ、自分がおいしいと思っているものを人から「こんなもの!」と言われるのは嫌なものですから、私は「人間の食べるものは、すべておいしい!」と見なし、内心苦手な食べ物であっても、それに対して拒否反応を示すことはしません。それは下品な振る舞いだと思いますので。
ですから、その裏返しで、秋刀魚のことを「魚中の下品也」なんて言われると、傷付きますなあ。こら! 江戸時代の人たち! 焼きたての、油のジュウジュウ言っている秋刀魚にジュバっと醤油をかけ、ぎゅっとスダチでも絞って、大根おろしと一緒に食べてみなさいって。考えが変わるから。
あー、秋刀魚、食べたくなってきた。干物でいいから食べたい。秋刀魚の干物も、美味い奴は美味いですからねー。そうだ、家内に頼んで、明日あたり秋刀魚の干物でも焼いてもらおうかな。菜の花のおひたしでも添えれば、きっと季節外れの感じも少しは薄れるでしょう。