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安曇野カノコって言うんだ」
マネージャーの言葉に、しばらく翔は直立した。「ああ」と間の抜けた声を出したのは、数秒後のことだ。 「ほら、前に言っただろ。鬼門の新人。やっぱり俺が貧乏クジを引いてしまったらしい。安曇野カノコっていう子だから、よろしくな。今年で17歳になるから、お前のひとつ上か」 「・・・・・・17」 「そう。母親はかの安曇野圭子。ほら、この間のNHK大河の主人公の母親役をやってたろ。化粧品メーカーのCMもしているし、秋には主演映画が公開されるな」 「カレーのCMにも出ていましたね」 「そうそう。彼女もなー・・・・・・20代の頃はVシネマで脱いでいた時期もあったんだけど、放映権も著作権も完全に事務所が買い取って、今はれっきとした大女優だ。時代も変わったもんだよ」 「へえ・・・・・・」 「安曇野カノコはそのひとり娘だ。母親とは似ても似つかない子だ。田舎でのんびり育った、世間知らずって感じの」 なるほど、と翔は妙に納得した。 「田舎? ってことは東京に住んでいなかったんですか?」 「ああ。安曇野圭子の母親が代わりに育てていたらしい。ところが半年くらい前、祖母が病気で亡くなってな。だから、安曇野圭子が娘を引き取った。ついでに芸能人に仕立てあげようとしたわけだ」 「どうして?」 「ちょっとな、問題がある子なんだ。いや、本人にじゃないぞ。色々と込み入った理由があってな。あまり彼女をひとりにさせたくないんだよ」 「え?」 翔は眉を顰めた。 「何だかあまり良くない話みたいですね」 「そう。黒い噂がな、あるんだ。というわけで、翔、よろしく頼むな。お前さんとは年も近いし、田舎者同士、気も合うだろう。友達になってやってくれよ」 「そんな簡単に・・・・・・」 「本人がどうも芸能活動に消極的なんだ。まあ、そりゃそうだろうな。祖母に死なれて、東京に来て、突然芸能活動しろって言われてもなあ」 「はあ・・・・・・」 困ったな、と翔は感じた。世話するような余裕も、翔にはないのだが。───そうか、慣れないダイエットで貧血を起こしたのも、そんな理由があったのか。 「じゃあ、頼むぞ。翔」 「はい」 大西は何やらニイっと微笑むと、からかうように片眉を上げた。 「けっこう可愛い子だぞ」 知ってます、と言った方が良かったのだろうか。 今日も雨模様が怪しいのかと聞かれれば、ノーだった。だが、翔が地下フロアに降りていったのは、借りた折りたたみ傘を持参していたからだ。もしかすると同じ場所にいるのかもしれないと、推測してのことだ。 そしてそれは正解だった。 やはり昨日同様、同じ部屋のソファの上に彼女は座っている。 「安曇野カノコさん?」 彼女はあからさまに俯き加減に肩を落とし、元気なさげに座っていたが、翔の呼びかけに、ハッとした様子で顔を上げる。 「翔くん!」 「はい、傘。ありがとうな。───まだダイエット中?」 少女はぼうっとした顔をしていた。上気しているような、切羽詰まった眼差しだ。あからさまに顔色も悪いが、少女は翔の問いかけにゆるゆると左右に首を振る。 「じゃあ、気を付けてな。俺はこれで」媚薬 翔は傘をガラステーブルの上に置くと、すぐさま部屋を出て行こうとする。 少女は何か言いたそうにこちらを見上げていたが、やがて腰を上げようとし、諦めたようにソファに座り込んだ。 (何だ?) まだダイエットを続けているんだろうか、と翔は気になった。 「駅まで送ろうか?」 そう翔が声をかけたのは、義務感からではなく、父親から「人命救助を優先しろ」と教え込まれていたからだ。自然災害の多い山奥で育った翔には必然だった。 少女はすぐに首を左右に振る。 「ううん、いい。大丈夫。しばらく休んだら、収まると思うから」 「ダイエット?」 「ううん、違うの」 その時、彼女は何か痛みを感じたように片目を細めた。奥歯を噛みしめるようなその表情に、翔も疑問を覚え始める。 「どこか痛いのか?」 少女は答えない。 「マネージャーか誰かを呼んでこようか? そのままじゃ、帰れないだろ」 「い、いい」 「じゃあ、病院に行こうか。一緒に行ってやるよ」 翔の提案に、彼女は弾かれたように顔を上げたが、すぐさま頬を染めると、首を振って断った。何で赤くなるんだろう、と翔は首を傾げる。 「帰る・・・・・・」 その時、少女は腰を浮かすと、のろのろとした動作でソファ横に置いた学生鞄を手に取った。 翔がそれを奪い取ると、彼女は驚いたようにこちらを見やったが、「一緒に帰ろう」という翔の言葉に、やがてはにかみを見せる。 「いた・・・・・・!」 その時、左の下腹部を押さえ、少女がうずくまった。翔も驚いて一緒にしゃがみ込む。 「腹が痛いのか?」 少女は答えない。 「やっぱ人を呼んでくるわ。盲腸とかだったら、ヤバいだろ。ちょっと待ってろ」 すぐさま走り去ろうとした翔の腕を、素早い動作で少女が掴んだ。 「生理なの」テイファニー ピアス 翔は振り返った。 「昼になっちゃって・・・・・・私、ものすごく重い子なの」 目の縁が赤くなると、大きな瞳に見る見るうちに涙が滲んでくる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011.04.26 11:27:35
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