怖い話
多分、怖い夢の話(笑)ざわざわとした空気と少々鬱陶しい照明。目の前のテーブルにいる女性2人組。どうやら会社の上司の悪口で盛り上がっているらしい。何気に聞いていると今度は彼氏の悪口に移った。「これも買ってくれたのはいいんだけどさー」「欲しかったのと違うよね~」「わかってないんだよね。これじゃなくてもっと高いやつだって言ったのにさ」「似てるからいいとか思ったんじゃないの?」「最悪。今日会うのに1回着たからもう捨てよぅかな」「質屋持っていけば?いくらかにはなるんじゃない?」…勝手なことばかり言ってるなぁ。と、人ごとながらその彼氏に軽い同情を覚えつつ。話がまた変わっている。「あたし雪山行きたい」「何で~?」「なんか全然雪見てないじゃん?」「この間降ったよ。ちょとだけ」「えー、いつ?」「あんたが他の彼氏と沖縄行ってるとき」「あ~沖縄の時かぁ。天気悪くて最悪だった」「日頃の行いじゃないの?」「だったら絶対晴れるでしょ」…嵐にでも遭えばよかったのに。「雪山、格安で体験ツアーありますよ~?」すごい軽い感じで声をかけた。「は?誰?」「ごめんね~話が聞こえてきちゃって。私小さい旅行会社の社員なの」「へ~」「格安って、どのくらい?」「このくらい」と指を1本立ててみせる。「1万?」「まさか10万とかじゃないの~?」「1万なんですよ、これが」軽さは残してるものの、完全に営業モードの口調。「まぁ村おこしみたいなツアーなんで」さぁ、この話に彼女たちはのるか、のらないか…。頭が重い。昨夜そんなに飲んだっけ?…やだ、コート着たままだし。え、嘘。ブーツも履いてる?重い頭を騙し騙し体を起こす。「…ここ、どこ?」全く見覚えがない。自分の部屋はもちろんないし、ましてやホテルでもない。「…なに、ここ…」人が住んでいる場所というよりは、物置みたいな感じ。なんだっけ、これ。テレビで見たことある。なんか畑とかやるのに使うやつ。「やだ、めちゃくちゃコート汚れてるじゃん」白いコートなのに、あちこち土の上を転がったような汚れが付いている。「ってか、どこよ、ここーっ」苛立って立ち上がり、とりあえず見えた戸らしい位置へ向かう。「…開かないし!」腹立ちまぎれに蹴りつける。「乱暴だな」1人の男性が立っている。「ちょっとあんた。どこよ、ここ。っていうか何閉じ込めてんのよ。警察呼ぶわよ!?」「どうやって?」ポケットの中を探るが携帯電話は見当たらない。「なんなのよ。犯罪でしょ、これ!出しなさいよ!」何時間…ううん、何日たったんだろ?もしかしたら、まだ1日とか2日くらいかも。あぁ、もう。そんなこと、どうでもいい。お腹すいた…こんなとこ寒くて眠れない…あいつ。油断した。今、鍵をかけないで行った。逃げ出すなら、今だ。そっと辺りを伺う。音はしない。そっと戸を開けて外に出る。「ひっ」その小屋の入り口を囲むように大勢の老人達が物音もたてずに、そこにいた。「やっと逃げてくれたわねぇ」唯一じゃないかと思う若い女がクスクスと笑っていた。「…あ!あんた、あの時の」(格安ツアーありますよ~?)「あなたって見た目通りに頭悪いのね。もう何回も逃げ出すチャンスがあったのに、全く気がつかないんだもの」「…なんなのよ、これ…」「お望みの、雪山よ。きれいでしょ?」「はぁ?」「あの時あなた、かなり酔ってたけど覚えてるかしらね。ここは山間の小さな村でね。見た通りもう老人達しか住んでいないの。この時期は雪が深いから村に入ることも出ることも難しくてね。娯楽がないのよ」「…じゃあ、あんたやあたしはどうやってここに来たのよ」「あら。少しは考えてるのね。でも答えは簡単よ。雪が降る前に入ったの」「???」「あなたは、ほんの数日のことだと思ってるでしょうけど、あなたと一緒に飲んだのは、もう1月以上前のことなのよ?自分の腕は見た?注射針の痕があるでしょ?私ね、看護師の資格も持ってるの。便利よ?」ふふっと笑う。「…犯罪じゃん」「さぁ、どうかしらね。さぁ逃げ出すまでに目が覚めてから4日と6時間。今回勝ったのは誰?」老人達が楽しそうに手元の紙を見て誰が当たっただの、今回はダメだっただのと笑っている。「あんたたち、全員頭おかしいんじゃないの!?」「…さぁ?」「冗談じゃないわ、訴えてやるからね!」「どうぞ。…ここから無事に帰れたらね」「殺す気…?」「まさか。そんなことしないわよ。どうぞ、ご自由にお帰り下さいな」遠くで、細く長い悲鳴のような声が聞こえ、それはすぐに消えた。「落ちたかの?」「落ちたんじゃないかしらね」「この雪をあの靴じゃ、まともに歩くこともできないじゃろ」「そうでしょうねぇ」「いつも通り賭けるか?」「そうねぇ。じゃあ今回は何に賭ける?」「熊に喰われんで春に見つけられるかどうか」「それとも生きたまま町に戻れるかどうか」「それは無理じゃない?」「じゃあいつも通りだな」「そうね。今回は細かくしてみましょうか?」「なんだい」「春に雪が溶けて見つかるまでに、どこが残ってるか」「今年の熊は秋に大して喰っとらんだろうからなぁ」「さぁさぁ、どこに賭ける?」というシュールな村ぐるみ犯罪の夢。…怖くはないか?