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3-03【水都】


初稿:2011.01.12
編集:2023.03.08
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※月ノ章の本編です

3-03【水都】




 温和な気候と肥沃な大地に恵まれたアルル=モア公国は、古代から現代に至るまで芸術を尊ぶ気質に富んだ国家である。 なかでも、ロア湖に浮かぶ王都アンディーンには、公立の大博物館と学術天文所に加え、円形劇場や水上闘技場など、享楽的な大衆文化の象徴が建ち並び、貴族の保養地としても名を馳せている。
 そして、この芸術の都は目下、三年に一度催される水霊大祭の真っ只中にあった。 開催期間中に齎された教皇フォン=バレル三世の突然の不幸に、一時は中止も危ぶまれたが、規模の縮小と、公営及び個人商店に到るまで、弔旗の店頭掲揚を義務付けることで、一定の体裁を保ちつつ祭事の継続を図っている。
 どちらにしても、大多数の富者や庶民にとっては、教会の大事よりも、目先の娯楽余興を謳歌するほうが現実的であるようで、白大理石を基調とした壮麗な街並みは活気に溢れていた。

 しかして、ここは都市名所のひとつにも数えられるテーベ・ミトラ噴水広場。

「こちらが出場者仮登録証となります。 尚、公正を規す為、ご搭乗する水上艇は騎竜共々、競技開催の前日までに、大会本部が運営する竜舎への入厩が義務付けられております。 そこで、書類審査と艇体検査を通過した後、本登録となる運びです」

「相分かった。 説明ご苦労じゃったな」

 ミュークは水竜艇レース出場受付を済ませると、満面の笑みで振り返る。

「―――と、いうわけじゃ。 本大会は四日後、つまり三日の内に、水上艇と首長竜を調達する必要がある」

 それはアンディーンに到着するや否やの急展開であった。
 ちなみに、ミュークの言う水上艇とは竜亜種であるシーサーペントの背に、御者台と巨大な二つの車輪を設置した小型の竜車である。 水上都市であるアンディーンでは、ごく一般的な水上移動手段で観光用に公国が設備しているほどだ。

「何が『と、いうわけ』ですか!? まさか、金欠病の打開策ってコレのことじゃないでしょうね?」

 案の定というか、当然のようにレムリアが抗議に詰め寄る。

「レムはいつからそのように物分りが悪くなったのじゃ? アルドンテで人族の酔漢から聞いた話では、水上艇レースの優勝者には貴族の称号と、ウリクス金貨五千枚という多額の報酬が約束されておるそうじゃ。 それに……」

「道理が通らないのは、目に見える現実が世迷言と同列に落ちぶれているからです。 世の中、急がば回れ、ボクは地道に働いたほうがよいと思います。 それに付け焼刃で大陸各地から猛者が集う水上艇レースで優勝なんて到底無理ですよ」

 レムリアが譲れない一線とばかりにミュークの言葉を遮って決然と意見する。 若くして老獪過ぎる思考形態なのは、この手の話で碌な目に遭っていないからであろう。

「優勝するなどと誰が云ったのじゃ。 ワチキの目当てはコッチじゃ」

 ミュークが水上艇レースの案内板の下のほうに記述された一文を指差す。 そこには水上艇レースは出場資格者全員に銀貨百枚の報奨金を交付すると記載されていた。

「コレを狙わぬ手はないじゃろう」

「で、でも……出場は自竜形式って書いてありますし、首長竜を借りるお金なんて、とてもありませんよ」

 レムリアは直面する金銭問題を盾に抵抗を続ける。

「うむ、御者台はボロで構わぬが、首長竜は掴まえるしかあるまい。 それにレースが終わって用済みとなった首長竜も、ここアンディーンでなら高値で買い手がつくじゃろうし一挙両得じゃ」

「……本気ですか? 野生の首長竜を捕縛するとか危険過ぎますよ!」

「モガ、モグ……、レムレムの言うとおりでモガ」

 と、そこにルムファムと屋台巡りをしていたプルミエールが戻ってくる。 蜂蜜漬けの林檎飴を口一杯に頬張っている為、少し聞き取りづらいが、珍しくレムリアの肩を持っているようだ。 傍目には行方不明の姉姫を心配しているようにはとても見えない浪費娘だが、今は味方っぽいのでレムリアも口を合わせることにした。

「ほら、プルプルさんもこう仰っています」

「プルはこっちにでたいです」

 プルミエールは受付横に貼ってある羊皮紙をバンと叩く。 そこには、水竜艇レースと同時開催される武闘大会の詳細が記載されていた。

「そうそう武闘大会の方が地道で堅実な手段……、んなわけないでしょうが!!」

 見事なノリツッコミ。 最近、ボケが供給過多で、レムリアの気苦労は募るばかりである。

「ほう、そちらも優勝から予選負けまで全員に報奨金がでるのか。 なるほど優勝賞金もなかなかのものじゃな」

 などとミュークも満更でもないように、武闘大会に関する記事を読み耽っている。

「絶対ダメです。 武闘大会なんかに出場したら一発で屍族だとバレちゃいますよ。 それなら基本報奨金が大きい水上艇レースのほうがまだマシです」

 声を荒げるレムリアだったが、流石に“屍族”という単語だけは小声になる。 アルル=モアがメナディエル正教圏に属することを意識しているのだろう。

「なるほど一理あるの。 ここはレムの意見を採って水上艇レースへの参加を決定事項としよう。 然らば、ワチキとルムは野生の首長竜の捕獲に向かう故、その間、レムには水艇の確保とプルミエール嬢の世話を一任する」

 ミュークは、物珍しげに人族の屋台を物色していたルムファムを手招きしつつ、一気に捲くし立てる。

「ちょっと待ってください。 ボクはどちらがより悪いかの判断をしただけです」

「なんじゃ、レムはワチキと首長竜の捕縛が良いのか?」

 ミュークはさも驚いたように尋ね返す。 野生の竜亜種と野生のお馬鹿、どちらも倦厭したい相手である。 言い換えれば、肉体と精神、どちらをより危険に晒すかという究極の選択であった。

「い、いえ、それは流石に……、まだプルプルさんの方がいいかも」

 流石に命の危険は避けたかったのか、レムリアは後者を選択する。 残念ながら、安易な論点のすり替えに、性懲りもなく引っ掛かっていた。

「そうじゃろう。 ワチキはレムのことを何よりも大切に想っておる。 故に、首長竜の捕獲などという危険な仕事をさせたくはないのじゃ。 そして、誰よりも信頼しておるからこそ、プルミエール嬢の護衛役といった重要な責務を与えられる」

 ミュークはレムリアの両頬に手を添えると、潤んだ瞳で語りかける。 傍から見ると、かなり胡散臭い。

「そ、そこまでボクのことを……。 わかりました、不肖このレムリア・グリンハルト、謹んで大任承ります」

 もっとも、当のレムリアはコロっと騙されて感涙に咽んでいた。 冷静になって考えれば、人型災厄発生器を体裁よく押し付けられただけなのだが、まったく気づく様子はない。

「それでは後のことは任せたぞよ」

 ミュークはしゅたっと片手を挙げると、名残惜しそうに屋台村を眺めるルムファムを引きずって、そそくさとテーベ・ミトラ噴水広場を後にした。

「貧すれば鈍す」

 引きずられながらルムファムが誰にともなく呟くが、聞こえてない、聞いてない、聞こえぬ振りと三者三様の有様で黙殺されたのだった。



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