2017/08/30(水)21:48
「天空の蜂」東野圭吾を読んだ
東野圭吾の冒険小説を読んだ。
〇ストーリー
錦重工業の小牧工場から,航空自衛隊に納入予定の新型特殊ヘリコプター〈ビッグB〉が奪取された。無人操縦・自動操縦で操作されたそれは,やがて敦賀にある高速増殖炉〈新陽〉の上でホバリングを始める。犯人は,日本全国の原子力発電所を停止させないと,〈新陽〉の上に〈ビッグB〉を墜落させるとの脅迫文を政府とマスコミに流す。〈ビッグB〉には,小学生の少年が小牧で乗り込んでおり,撃墜も出来ない状態だった。その中で,自衛隊のレスキュー部隊が提案してきたこととは?多くの人が,〈新陽〉を見つめ,様々なドラマが展開される。
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この作品は1995年に発表され,2015年に映画化をされた。
高い確率1995年から長い間,いわゆるシミュレーション小説として扱われていただろうが,2011年の東日本大震災,および福島第一原発の事故の発生で,原発事故を啓発していた先見の明がある作品として一気に注目された。
映画は江口洋介主演,本木雅弘助演という豪華なキャスティングと,原作をほぼ忠実に映像化した大スケールの作品となっていて,数々の賞も受賞している。
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実は今年の初めに映画は観た。その頃は,「ふーん,原作は東野圭吾なんだ」という感想だったのだが,順番に作品を読んでいる今だから分る。これは東野圭吾作品としてはひじょうに異質だ。
まずは文庫版で600ページというボリュームがある。東野圭吾の長編ではいくつかこのスケールに該当はするのだけれど,かなり型破りだ。
次に作品がミステリーではなく,シミュレーションサスペンス的な冒険小説であることが挙げられる。読者に対しては犯人が誰であるかは早々に明らかになっている。
もっとも犯人の共犯者が誰であったのか,また偶然〈ビッグB〉に乗っていた少年をどうやって救うか,そして犯人が要求する原発の停止をどのように乗り切るか,という謎が次々に提示されるので,読者は飽きさせられない。
ただそれにしても,東野圭吾らしさはない。むしろ文庫版で解説を書いている新保裕一の方が,書いていそうな作品だ。
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この作品の大きな特徴として,犯人たちが狙っていたのが,通常のテロリストや脅迫犯とは異なるある目的だったということがある。
結果的に,事件を通じて暴き出されるのは,政府の強権的な態度でも,政策企業の情報隠しでも,自衛隊や警察の無策でもない。
懸命に語られるのは,国民1人1人が,原子力発電所と自分の生活の利便性をバランスして,どちらを選ぶか?そして自分がどのようなアクションを取れるか?という”気付き”だ。
原子力発電所で建設あるいはメンテナンス作業員として被爆した青年たちのことも語り,そこを運営する,あるいは建設する人々も描き,政府側の人も登場し,相反する立場の視点はきちんと描かれている。
問題は,そのどれにも属さない我々が,実は当事者かも知れないという恐ろしさだ。事件を通じてこの問題が明らかになる。原発推進でも,反原発でもない,自分自身への問いかけはひじょうに重いテーマだ。
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読む前は,「東野圭吾のサイエンス小説は外れが多い」と思って敬遠していたが,内容はむしろ冒険小説で,映画版を観ているしさくさくと読めた。
1995年発表とは思えない先見性を踏まえつつ,この作品で得た知識をもとに僕らが実践できることとは何なんだろうか?
ぜひともこの読書体験を活かしたい,そんな熱い気持ちにさせられる長編だった。