「夏のレプリカ」森博嗣を読んだ
犀川助教授と萌絵お嬢様の”S&M”シリーズの第7作だ。第6作である「幻惑の死と使途」と同時期に起きたストーリーという設定だ。○ストーリー中学からの親友萌絵と会い,実家に帰った簑沢トモエは,家族ともども誘拐されてしまう。翌朝,犯人グループの同士討ち,という意外な結末で幕を引いた事件だったが,その間にトモエの盲目の兄がいなくなっていたのだった。東京に戻ったトモエを狙う男の影は?兄と追憶を探すトモエの旅が始まる。------------------------萌絵という似た名前,政治家である富豪の娘,大秀才でT大大学院生というこの物語の主人公かつ語り部の”杜萌”は,もう1人の萌絵だ。萌絵の場合は,内面的な部分はともかく,ほとんどアニメ的なキャラクターとして描かれている。十億単位の遺産をあっさりと受け継ぎ,超美人で周りを気にしない行動力,なぜかパッとしない犀川助教授にくびったけ,などなどとんでもないづくしだ。トモエは,似たようなバックグラウンドを持ちながら,でもきちんとリアリティを保っている。ひょっとしてこれは「萌絵が現実にいたらどんなふうになってしまうか?」というシミュレーションだろうか?------------------------トモエと萌絵という2人の女性の視点を中心に小説は進む。どうしても独白や観念的な文章が多くなり,対となる作品「幻惑の死と使途」のマジックを駆使したきらびやかさとはまったく異なり,地味な印象の作品になっている。読後感は,森博嗣の短編を読んだときのモノに似ている。旅に出た主人公があることを思い出し,現実の旅と記憶の旅を行ったり来たりするようなシチュエーション,とでも言うのか?おそらくこの長編でも,そうした一瞬の絵画的イメージを描き,それを中心にトモエの,そしてもちろん萌絵の成長を描こうとしたんだと思う。絵画のモチーフは,やはり「そこにいない盲目の兄」だろう。------------------------こうした転機を経て,萌絵が犀川との関係をどのように進めていくのか?楽しみにしている。