2024/02/03(土)15:22
透ける烏帽子
X(旧ツィッター)のほうで、今年の大河ドラマ「光る君へ」の立烏帽子が、透け透けだということが話題になっていました。
ですが、絵巻物などの烏帽子の業弦を見ても黒いし。透ける要素はないように思っていましたが、これは、そもそも、大河の「平清盛」の時に、デザインされたものであるとのことが、明らかにされていました。黒い長い烏帽子が並ぶと、「重い」のでいっそ透き通らせてはどうか・・?というデザイナーのアイデアだそうです。
でも、実はですね、明治以降に描かれた日本画家による歴史画には多少、透ける烏帽子があるのですね。
それは、江戸時代からの浮世絵や、あるいは復古大和絵などの画家が、近代になって西洋絵画をまなび、改めて日本画を描き始めた時に、テーマとして歴史画を沢山描いている。
これが、時代考証を、当時としてはできるだけ「科学的」に行ったものでもあり、また、幕末からの復古大和絵系統の者も加味して、なかなか麗しい日本画による歴史画が描かれたのですね。
その中に、実は「透ける烏帽子」が出てくるのです。
菊池契月(燈籠大臣)
これは水野年方(忠信)
下村観山(継信最期) 水野年方(岩清水)
これらはだいたい、明治30年以降の頃に描かれています。
西洋画を学習し、日本画に平板なものを払拭しようとして、リアルよりになったのでしょうね。
幕末以来の復古大和絵などの系列では、絵巻物に忠実なので、烏帽子は真っ黒ですが、より自然な感覚に近づけたいというので、羅で作ったとされる烏帽子のリアルさの表現かも。
現実には当時の烏帽子は、ガチガチに漆で固めた短いものでしたし。
で現実的には、烏帽子はどんなものだったのか? 烏帽子の断片は中世の遺跡から出ています。
侍烏帽子の一部。
秋田県横手市
立烏帽子が完形で出ましたね。
平塚市坪ノ内遺跡
この他、鎌倉時代の烏帽子は断片で30例位あるようですが、墓の中から、頭部で出たものがあるそうです(岡山の鹿田遺跡)。烏帽子を被ったまま葬られたのでしょうね。病床て出家したりすれば、きちんと剃髪せず、髪の一部を切っただけでも、僧侶として葬られるので烏帽子はないかもとか思うので、急死?
でも、やはり絵巻物で見るように、あまり透けるようには思えないほど、何度も漆を塗り重ねて作っているようです。
ただ、現代は暑さもあってか、透ける烏帽子もあるようですが・・・・。
絵巻物に忠実な烏帽子の描き方をする画家もいますが。
小堀鞆音(竹生島)
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座乱読ー別荘ー マンガ置き場。 現在「足利家の執事」連載中