書いてみた 「新しい音はいかが?」
夕焼けのだいだい色よりも、つめたそうな墨色の影が坑道の入口あたりを包むようになった時、パズーはやっと坑道から出てきた。くたびれたズボンは汚れちゃって、カーキ色から灰色になって、鉛色のシャツも同じ色になっていた。ベルトには鑿やらピッケルが挟まれている。肩にツルハシをかついで、あけたもう片方の手には上等の革の旅行鞄を持っていた。 その鞄はパズーの格好には不釣り合いで、シルクハットと燕尾服に身を包んだジェントルマンが持つのが、一番ふさわしいと僕は思った。角はぴしりと尖り、使い込んだ革が持つ年輪のような艶が美しい鞄だった。「パズー」 僕は声をかけた。パズーは広い額からタラタラこぼす汗を袖口でこすりながら、こちらをむいて、お前まだいたのかと言った。「学校にはちゃんと行ったのか? 小さいころに勉強しないと、大きくなってからじゃ頭に入ってこないからな。頭が柔らかいうちに勉強しておけ」「学校が終わってからまたこっちに来たんだよ、学校じゃちゃんと勉強してたぜ」 僕は鞄を持ったパズーの手を取って「それよか、見せてよ。今日は何が採れたんだい?」 と聞いた。 パズーは『音』を掘っている。「お前はまた好きだなあ」 と、呆れた口調で言いつつも、パズーの口元は笑っていた。 僕はパズーの歳を知らない。髪は大分禿げてきていて(僕の父ちゃんよりかは残っているけど)残った髪は短く刈り込まれている。金色の髪はこのあたりじゃ珍しいから、ずっと遠いところからここにきているのだと思う。目は、きれいなアイスブルーだ。 パズーと僕は、坑道からちょっと離れたところに放置された枕木の山の上に並んで座った。ベンチにするのにちょうどいい高さなんだ。 ツルハシを地面に置いてから、パズーは鞄の留め具を外してあけた。旅行鞄の一方の側面には、様々な色の光の粒を詰めた小瓶が、ベルトで固定されていた。反対側には、古い型の蓄音機がこれまたベルトで固定されている。円筒型のレコードを使う、本当に古い型の蓄音機だ。 パズーは、小瓶をいくつかベルトから外して、僕の目の前にかざしてくれた。「山の向こう、向こうで戦争があっただろ。その時に生まれた音がな、地面を伝ってチ脈を通って固まって、ここで眠っていたんだよ」 パズーが取りだした小瓶は三つあった。 ひとつには、赤や茶色や黒の、透明感のない光の粒が詰まっている。 ひとつには、黄色や緑の原色の光の粒が入っている。 そして最後のひとつには、今にも消えそうなちかちか光る粒がほんの少しだけ入っている。「一番少ないのが、僕は好きだな」「一番多いのは、爆音や痛みや死の音だ。半分くらいは正義の音。それでこの一番少ないのは、業者の間じゃ夢幻の音って呼ばれている。戦争で採れるこの音は酷くきれいなんだよ」 パズーは言った。瓶の蓋を開けて、夢幻の音を手のひらにこぼして見せる。やっぱり、星の瞬きのような、弱々しい光だったけど、僕は気に入った。「死とか、痛みの音は、捨てるくらい沢山採れるんだ。これでも相当選りすぐって持ってきたんだよ。正義は最近品不足でな……夢幻は、これしか見つからなかった。戦争で採れる夢幻の音っていうのは、平和や幸せや、踏みにじられるものが凝り固まったものなんだよ。戦いたくねえ戦いたくねえって思う人間や、無残に死んじまう人間が最後の一瞬に見る者が集まるんだよ。星の光みたいだろ?」「うん、ちかちかしていてきれいだね」「本当はこれも空に昇って星になるはずの思いなんだよ。それが何を間違ったのか、地面にもぐってしまった」「星って思いでできているんだ」「そうだよ、だから消えそうでいて消えないんだな」 パズーは蓄音機から円筒型のレコードを取り外した。筒にくるくる巻かれた銀箔を剥がして、そこに光の粒をぽとぽと落としていく。「聞いていくだろう、どうせ」 王都の貴族さまが聞くような音だぜ、とパズーは言いながら、落とした音の位置を指でそっと直している。パズーみたいな『音』を掘る人は、即興で曲を作るのも得意だ。「さあ、これでどうかな」 円筒を蓄音機に戻し、スイッチを入れる。円筒がくるくると回りだす。「題するならば、『亡き星々へのレクイエム』といったところかな」「パズーが言うと似合わねえ」「聞かせねえぞ」 それはいやだ。 音がこぼれる。泣いているような、優しいのに胸が痛くなる音だ。「ほんと、酷くきれいだね」「戦争が起こらないと採れない音だよ」 こんなにきれいなのにな。 パズーは小さくこぼした。~~~~~~~~~~~~去年くらいに大学で書いたものです。結構気に入ってます。最初の7~8行は三人称のつもりで書いてたから後半と矛盾すごいけど。