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カテゴリ:私のこと
心配することが愛情と思って育てられたと
感じています。母は心配性ですね〜 どーんとして居ません。「〜となったら」 「困る事になったら」と先回りして心配し アレコレと言ってきます。 何も無い時は聞き流せます。でも自分も心配 や不安を抱えて居る時は、そんな母の言葉に 揺れます。そして怒りにすらなります。 「なってから考えよう」「なるようになる」 と自分に言い聞かせて居るから、そこに心配 をのせられると、腹がたって来るのだと思う のですけれどね。 でも私も実は立派な心配性なのです。 子どもの不登校以来、心配は百害あって一利 なし、心配するより信頼しよう、と思うよう になったから、大分修正されたとは思うけど やはり根っこのところの心配性は残ってる。 それを子どもにのせなくなっただけ。 この前の親の会でワークをして下さった方が 居て。2人ひと組になって、背後からお相手 の肩の所に手を置いて、念を送るような 笑 「この人のことが心配」というのと「この人 はきっと大丈夫」というのと2つのメッセージ を心の中で唱えながら(口には出さず)念じ ます。 すると不思議な事に違うのです。 心配された方は重苦しい感じで、そうじゃない 方はふわっとした温かい感じが伝わります。 あらまあ~とちょっと感動しました。 これでお家の中の空気感も大分変わるよね。 心配と不安は移りますものね。 そうは言いながらも、新しい環境に娘が慣れる かな?と心配してしまうわたしもまだ居ます。 自分への癒やしがまだ足りて無いのかもね。 もっともっと自分を開き緩めたいと感じる4月 です。今月も宜しくお願いします。 夕方の芝桜は少しすぼみ加減。これ位のも好きです。 この本2冊とも良かったです。読書記録。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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