白銀の炎 30
***** 靴の雪を落として二人は中に入り、グレンは沸かした湯に手を伸ばした。カイルがそれを止める。「茶なら私が淹れよう。おまえは休んでいてくれ」 カイルが茶を淹れている間、グレンは暖炉の前にしゃがんで、手をかざして、温めていた。茶のいい香がする。グレンの顔がほころんだ。 キッチンで、二人で茶を飲みながら、話した。「あの二人は、まだ起きてこないのだな」「二人とも、そうとう飲んでたからなぁ」 まあ、寝かせておいてやれよ。グレンが笑いながら言う。カイルは何を話せばいいのかと考えて、グレンに聞いてみたいことがあったことを思い出した。「おまえを着替えさせたときに、見たのだが、このあたりに」 自分の腰骨のあたりを示して、カイルが言う。グレンの顔がわずかに曇ったことに、カイルは気づかない。「……紋様が入っているだろう? あれはおまえの国の風習か」 きれいだったと、改めてカイルは思う。「……あれは、奴隷印だ」 問いに答えるまでに、少し時間がかかった。まずかったかな。グレンは思う。「奴隷……?」 カイルは思った。奴隷なら焼印を押されるのではないだろうか。「普通は焼印なんだろうけどな。俺を使っていたやつが、裕福だったから」 あんな感じになったわけだ。グレンは茶を飲みながら、なんでもないことのように言った。カイルの顔色が見る間に冷める。 どうしてわたしは、このようなことばかり尋ねてしまうのだろう。以前も腕のことを聞いて、グレンのことを泣かせてしまった。どうしよう。どうしたらいい。グレンは微笑んでいる。泣かれても辛いが、こうして微笑まれても苦しい。 カイルの顔を見たグレンは、驚いてしまった。青ざめている。「おい、大丈夫か?」「わたしは……わたしは……」 目を潤ませているカイルの肩を、グレンは片手で揺さぶった。「どうしたんだよ、おい、カイル?」「……すまない……余計なことをきいた……」 言って、カイルは歯を食いしばる。涙がこぼれた。自分が嫌になる。「泣くなよ……。別におまえが泣くことはないだろうに」 きつく目を閉じ、うなだれているカイルから流れ続ける涙。声をかけても、返事もなく泣き続けている。グレンは困ってしまった。「ごめんな。……俺のせい、だよな」 カイルはその言葉に目を開け、言い放った。「違う!!」 開いた目から大粒の涙がこぼれ落ちる。語気を強めてカイルは言った。「わたしがいけないんだ!! おまえを傷つけるようなことをいつも! いつも!!」 グレンは左腕を伸ばして、カイルの頭を撫でた。「今だって、わたしが、泣いたりなどして……泣きたいのは、おまえのほうだというのに」 涙声で、言葉をとぎらせながらカイルは言う。グレンは微笑んだ。「どうして、笑うのだ……」 しゃくりあげそうになるのをこらえながらカイルが言う。グレンは指で、カイルの涙をぬぐった。カイルは12歳だ。まだ子供だ。俺みたいなのに関わって、傷つく必要はない。「いや……おまえも困ったんだろうな、ってさ」 俺が泣いたときに。グレンは静かに言った。「傷ついてないよ。おまえが悲しむことはない」 カイルは拳で涙をぬぐった。「この国にだって、奴隷制はあったんだろう? 今は無いのかもしれないけど、印を刻まれたやつらは、この国で今も、生きている」 カイルはじっとグレンを見つめた。「もう、そういうことが起こらないように、おまえがこの国を、みていかないとな」 グレンは微笑みながら、言い聞かせるように言った。リゲンだって、今でも生きているやつの一人だ。たった十数年でこの国はこんなにも平和になった。それを失うな。グレンは思った。「わたしが……?」 カイルはつぶやくように言った。わたしがこの国を、見ていく。わたしが……。「そう、おまえが」 グレンは真っ直ぐに言う。カイルの涙は止まっていた。「おまえは、すごいな……」 カイルはつぶやいた。「何がだよ」 別にすごくなんかは無ぇよ。グレンが苦笑するように言った。カイルは首を左右に振りながら、言う。「わたしはもう、泣いたりなどしない。いつか、おまえのように、なりたい」 言った傍からカイルは再び涙をこぼす。「……あ」 自分でも驚いたようにカイルは言葉を放つ。どうして泣いてしまうのだろう。グレンのようになりたいと、思ったばかりなのに。「……謝るなよ?」 グレンが笑みを浮かべながら言った。すまないと、カイルは言おうとしたところだった。グレンはカイルの頭をわしわしとなでて、言う。「泣いたって、かまわねぇんだよ」 そう言われてカイルは、言おうとしていた言葉を飲み込んで、言った。「……わかった」*****ランキングに参加しています。よろしければ拍手がわりにポチッと押していただけると嬉しいです。にほんブログ村