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千夜の本棚 ネット小説創作&紹介

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2013.03.04
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カテゴリ:本棚  ギレイ
ギレイ目次
「おーしゃん、ネルイ、トレエトレエーっ。」
バクラムの袖を引き、もうすぐ3歳になるというネルイが何かを言った。
武器を持つそばで危ないと、儀礼は慌てて立ち上がるが、その前に、シュリがバクラムから剣を受け取った。

「ネルイ、トイレか。待て、我慢しろ。」
「おれも、もれるっ。」
バクラムがネルイを抱えようとすれば、横からケルガがその腕の間に走りこむ。
「連れてくなら、ミーも一緒にお願い!」
焦ったように奥さんのメルが言い、バクラムは三人の子供をガシッと抱え上げ、そのまま走り出す。

 なるほど荷物のようだと儀礼は納得した。
以前、儀礼はバクラムに荷物のように運ばれそうになったことがあった。
こういう、環境のせいだったのだ。
決して人間扱いしてないわけではなかった。

 その騒ぎのせいか赤ん坊のチーシャが泣き出した。
「ああ、お腹が空いたみたいね。」
メルが言って、ミルクをあげるために奥の部屋へと入っていった。
しばらくして、ほにゃぁ、ほにゃぁ、と言う小さな声がぴたりと止まる。

「なんか、羨ましいなぁ。」
儀礼は一人っ子だ。
両親が仕事で学校にいる間、授業の終わった儀礼は一人で家にいる時間が長かった。
暗くシンと静まり返った家の中は、儀礼はあまり好きではなかった。
「いいな、あんなお父さん。ここのうちの子になりたくなった。」
温かい空気が家中から伝わってきて、儀礼の顔には笑みが零れた。

「はは、修行には厳しいけどな。」
照れたようにシュリが笑った、嬉しそうに。素直に父親を好きだと言う年齢でもない。
「俺と結婚したらなれるぞ。」
儀礼の目を見たまま、軽い調子でシュリは言う。
いたずらっぽく笑った口元は、そういう冗談を言い慣れた感じだった。
そして、同じく軽いのりで断られるのだろう。
しかしこれは、儀礼の容姿を揶揄するものでなく、悪意のない冗談――。

「俺でもいいぞっ。俺、絶対、シュリより強くなるから。」
さらに、9歳のノウエルが立ち上がり、自慢げに言った。
「俺もいいよ。」
6歳のナイルが自分の小さな体を指差して言う。
さらには、その隣りで、戸惑ったように7歳のココが儀礼の顔を見た。
声は出せないけど気持ちはあると、心に何かを訴えてくる。

 小さな子供達のきらっきらした目。
きっと、自分達の言っている言葉の意味を、理解していないのだろう。
儀礼は頭を抱える。
『用心しろ』とアーデスが言った意味を、儀礼はようやく理解した。
そのアーデスは声を押し殺して笑っている。この結果を予測していたのかもしれない。

 儀礼は、シュリや子供たちに、少女だと勘違いされていたようだった。
世話になっているバクラムの子であり、こんなに小さな子を傷つけるのは気が咎める。
とっさにうまい言葉の思い付かない儀礼は慌てた。
儀礼の対応には『僕は男だ!』と怒ることしかない。
今までの定石では、信じないような相手には眠ってもらうことになっていた。

「そんな、本気に取んなよ。こっちのが困るだろ。」
返答に困っている儀礼を見て、何かを勘違いしたらしいシュリが顔を赤くして照れた。
お前はどうでもいい、と儀礼は思う。問題は、じっと儀礼を見つめる輝くつぶらな瞳たちだ。
アーデスが身をよじらせ、ソファーの背もたれに顔を付けるようにして笑っている。
その人に事態を収拾しようとする気配はない。

 さらに混迷した状況に儀礼が悩んでいると、程よくバクラムが戻ってきた。
「どうしようっ!」
儀礼は彼らの父親であるバクラムにすがる。
小さな子を傷付けずに、うまく説明する方法は――。

「お前ら、高望みしすぎだ。」
バクラムが言った。
宥める、部分が違う。
ついにアーデスが声を上げて笑い出した。それはそれは愉しそうに。
その声に驚いたように子供たちが、アーデスを見ている。
この家に馴染んだ様子のアーデスが、子供たちが珍しがって見る程に笑っている。
儀礼にはまるで、アーデスが楽しむ為に仕組んだ罠のように感じられた。

「そうか、僕をからかうのが目的だな。問答無用、正々堂々勝負を申し渡す!」
儀礼は目に浮かぶ涙を払い、その手でシュリを指し示した。
儀礼にアーデスやバクラムを相手にするつもりはない。こんな小さな子供達に手を上げる気もない。
今回の騒ぎ、元凶はその少年の発した冗談にあった。

「シュリは冒険者ランクAだぞ。」
シュリを指差す儀礼に、楽しそうにアーデスが言った。
「武器の使用を提案します。」
その言葉に平静を呼び戻し、儀礼は冷や汗を流して言った。
「それなら、飛び道具はなしだな。」
「飛ばなければいい?」
アーデスの言葉に、儀礼は睨むように聞き返す。

「……ワイヤーで繋がってる物もなしにしましょう。」
儀礼の白衣に目を留め、その仕掛けを知るアーデスは一瞬、考えるようにして言った。
「じゃぁ、ヒガさんの剣借ります。」
シュリの持っていた『蒼刃剣』を奪うように受け取り、儀礼はその刃を確かめた。
十分、実用に耐えられそうな程、強い芯が残されていた。
アーデスを審判に、バクラムの家の中庭で、なぜか、儀礼とシュリの戦いが始まろうとしていた。
小さな子達は母親と共に部屋で待機、娘たちは調理中。観客は男ばかりで華やかさがない。

「あのさ、なんで俺、こいつと戦うことになってんだよ。」
自分の愛剣である幅の広い剣を持ち、困ったようにシュリは儀礼を見る。
父親の護衛対象であるはずの儀礼と、冒険者ランクAのシュリがなぜ一騎打ちなんて事になったのか、シュリには理解できない。
護衛対象に傷でも付けたら、シュリはバクラムに怒られるのではないか、と思えて仕方なかった。

「シュリが僕を侮辱するからだ。」
長いまつげを涙で濡らし、白い肌を怒りに赤く染め、整い過ぎたような綺麗な顔で、睨むように儀礼がシュリを見上げる。
「これと、どうやって戦えって言うんだよ……。」
溜息と共に、シュリは困ったように剣の先を地に付ける。
白衣に身を包む儀礼の姿は、どこからどう見ても研究者にしか見えない。

 それなのにバクラムもアーデスも、止めるどころか面白がって儀礼の行動を後押ししているようだった。
年齢的には、儀礼とシュリには一年分の差しかない。
しかし、シュリはバクラムやアーデスに戦いの術を教えられ、弟のカナルと共に、周囲の同年代に差を付ける実力を持っていた。

 シュリの困惑など気にも留めず、儀礼は剣を抜いた。
現れたのは、削られきった頼りない細い刃。そこに『蒼刃剣』本来の青い輝きはない。
「ギレイ。お前、アーデスと組んで俺をからかってるんだろう。」
悲観したような重い声でシュリが言った。
「からかったのはシュリだろ。」
怒りというよりも、涙声で儀礼は言う。儀礼と共に、まんまとアーデスの策略に嵌った少年に。
細い剣を、儀礼は両手で握ってシュリに向ける。

「あんなの、本気に取るなよ。」
文句を言いながらも、シュリは向けられた剣に対し反射的に構えていた。
くすりとアーデスが笑った。
「本気じゃないから起こってるんですよねぇ。」
審判の位置から儀礼を見て、言葉に複数の意味合いを持たせて、アーデスは言う。
「そうだ。シュリが悪い。」
シュリを睨み、儀礼は即座に答えた。

 普段からそんな冗談を言っているからアーデスに利用されるのだ。
もしシュリがあれを本気で言っていたなら、儀礼はその場で麻酔弾を撃ち込んで終わらせた。
儀礼の容姿を揶揄して言ったなら、弾を痺れ針に変えている。
そしてシュリが、アーデスに利用されたことにすら気付いていないことも、儀礼は腹が立つ。
同じ被害者なのに、これでは儀礼一人が被害に合っている気分だった。
3対1だったらアーデスにだって一撃位返せるのに、と。

 儀礼は左手の腕輪に意識を込める。
「朝月。」
小さくその精霊へと呼びかけながら、儀礼は意識をいびつな剣へと延ばす。
「青い刃がないなら、白い刃に変えるまでっ。」
剣を構え、走り出した儀礼の望む通りに、白い光が剣の刃を包み込んだ。

「何だよ、それっ。」
驚いているシュリやカナルの声など聞こえない素振りで、儀礼はシュリへと切りかかる。
白い剣は、空気の抵抗など感じないように軽かった。
しかし、儀礼の振るった質量を無視した刃を、シュリの剣は慣れた動作で受け止めた。
驚いていても、困惑していても、シュリの気配には隙などなかった。

 ガキンッ。
打ち合わせた剣から硬い音はしたが、儀礼の手には確かな手ごたえがあった。
ビクリともしないシュリの腕ではなく、悲鳴を上げるようにぶれた、剣という形の金属。
シュリの使う剣は高価な物ではないらしい。
にやりと笑い、儀礼は白い剣にさらに意識を乗せた。
長期戦は儀礼の体力では無理がある。短期で決める必要があった。
ギレイ目次
小説を読もう!「ギレイの旅」
243この話と同じ内容です。





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最終更新日  2013.04.11 01:55:51
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